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雨に笑い、雨に泣いたノリスのロシアGP観戦記

レースフィニッシュまで残り5周。ノリスの初優勝目前で降りだした雨。土曜日には雨に笑ったノリスが、日曜日には泣く。そして勝ったのはいつものハミルトン。ハミルトン前人未踏の100勝目はどうして成し遂げられたのか?ロシアGPを振り返って見ましょう。

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あと一歩のところで初優勝を雨に流されたノリス

 ▽土曜日から始まるドラマ
今年のロシアGPはレース終盤の雨で大いに盛り上がりを見せました。その雨は優勝を争っていた二人のイギリス人の運命を天国と地獄に分けました。しかしドラマは土曜日から始まっていたのです。

土曜日は雨が降りました。しかもかなりの大雨でFP3がキャンセルになるほどでした。予選の時間になると小雨になり後半は雨も止んできました。ただインターからドライタイヤに変えるかどうかは微妙なコンディションでした。

Q3の最後のアタックでまずは残り6分でラッセルがドライに交換、その後ノリスもドライに交換します。そしてハミルトンはその1周後にタイヤ交換に入りますが、ピット入り口は90度近いコーナーになっていて、しかも路面はかなり濡れていました。そこでハミルトンはマシンがコントロールできずにマシンを滑らせてピットウォールに接触。フロントウィングを壊します。そのため、タイヤ交換したらすぐに飛び出せなくてフロントウィングを交換します。しかもその交換中にボッタスもタイヤ交換に入って来たので、ハミルトンのマシンを一度どけてボッタスのタイヤ交換を終わらせてから、ハミルトンのウィングを交換して、コースに戻します。

結局、ハミルトンはアタック自体は出来たのですが、タイヤが温まりきらずにタイムを更新できず、予選4位となりました。ここでメルセデスがもっと早く、ラッセルやノリスがタイヤ交換したタイミングでタイヤ交換していれば、もう一回アタックできてポールポジションが取れたかもしれません。ただこのメルセデスの判断を責めることはできないかと思います。

彼らはチャンピオンを争っているわけです。だから早い時点でドライに交換して最後のアタックを失敗することは避けなければいけません。なので他のドライバーがいいタイムを記録したのを見て、タイヤ交換を判断したのは間違ってはいないと思います。ただハミルトンが入口でウォールに接触して、ウィングを交換するところまでは想定できないですしね。一方のノリスやラッセルはドライタイヤに交換して失敗しても失うものはありません。だからメルセデスよりも容易にドライに変更する判断が出来たと思います。ところがこの判断が日曜日に逆の結果をもたらすとは誰にも予想ができませんでした。

雨の予選にインターミディエイトで飛び出すボッタス

▽レースを支配したノリス
これでポールポジションを獲得したノリスですが、彼が両手を上げて喜んだかというとそうではありませんでした。ソチのサーキットはグリッドから実質的な最初のコーナーであるターン2までの距離が長く、2位以下のドライバーにトウを使われて抜かれることが多いからです。

そして実際この日のスタートでも同じことが起きました。ノリスの蹴り出しがよく、その後の加速もスムーズでトップをキープできたように見えたのですが、2位スタートのサインツにトウを使われてオーバーテイクされます。サインツ自体のスタートは悪く、3位スタートのラッセルに抜かれそうになりますが、サインツがノリスのトウを使えたので、中間加速がよくターン2までにノリスを抜きます。

後方では4位スタートのハミルトンが厳しいバトルに巻き込まれます。ハミルトンのスタートもそれほど良くなかったのですが、最初にサインツのトウを、その次にノリスのトウを利用できたで抜群の加速を見せ、ターン2の手前には一時3位にまで上がります。ただトウが効きすぎてノリスに突っ込みそうになったのと、ターン2へのアプローチがインサイドだったのと、他のマシンとの接触を避けるために、早めにブレーキングをせざるを得ませんでした。チャンピオン争いをしているフェルスタッペンはPU交換で最後尾からのスタートでしたから、ここでアクシデントに巻き込まれることだけは避けなければなりません。

リカルドに抜かれても抜かれ一時は7位にまで順位を落としました。そしてこの日のメルセデスは前にマシンがいる状態だとアンダーステアが出て、走るのが難しかったので、この後ハミルトンは苦しむことになります。これは特にPU交換で16位からスタートしたボッタスで顕著で、イタリアGPの時のように後方から順位を上げられると考えていたチームの期待を裏切ることになりました。

雨の予選だったのでスタートタイヤは自由に選択可能でした。上位陣はミディアムを履いていて、ハードスタートはチェコとアロンソです。最後尾スタートのフェルスタッペンもハードスタートです。予想外にトップにたったサインツですが、彼のミディアムでのペースはとても良く、7〜8周目まではノリスから容易にトップを守ります。ただ土曜日に降った雨で路面のラバーが流された路面では、フロントタイヤのグレイニングが徐々にひどくなり、その後3周ほどでノリスに追いつかれます。

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ハミルトンを抑え込むノリス

そして、サインツは13周目にノリスに抜かれてしまいます。順位を争うことになるストロールが12周目、ラッセルは13周目にタイヤ交換していて、速いタイムを記録していたので、14周目にフェラーリはアンダーカットされるのを避けるべく、サインツを14周目にタイヤ交換します。

ノリスもフロントタイヤのグレイニングに悩まされて、11周目に43秒台にまでタイムが落ちますが、その後グレイニングは徐々に消えて、彼らは走り続けることを選択します。このタイミングでタイヤ交換してしまうと、中団グループの中に戻ることになり、タイムをロスすることがわかっていたからです。だからできるだけタイヤ交換を遅らせて、クリアな空間で戻したかったのです。グレイニングが消えたノリスは、20周目前後には40秒台までにタイムを戻しました。

ハミルトンの前を走っていたリカルドが22周目にタイヤ交換して、ハミルトンはクリアエアの中を走ることができ、ノリスとの差を縮めます。これはハミルトンには幸運でした。もしマクラーレンがノリスを守るのであれば、そのままリカルドを走らせ続けたほうが良かったと思います。

ハミルトンは26周目、ノリスは28周目にタイヤ交換。一時的にトップをハードタイヤスタートのペレスやアロンソに譲りますが、彼らがタイヤ交換すると再びノリスがリードを奪います。ただここからレース展開が変わります。ハードタイヤに交換したハミルトンは、第一スティントのミディアムよりも調子が良く、ノリスとの差を縮めていきます。

一方のノリスは途中まではハミルトンに差を縮められますが、途中からペースを上げて反撃にでます。これによりハミルトンもアタックが仕掛けられない状況になります。マクラーレンは最終コーナーからのトラクションも良く、ストレートが速いのでハミルトンがDRSを使えても仕掛けるのは難しい状況でした。この時、ライバルのフェルスタッペンは7位でしたから、無理に仕掛けて事故を起こすこともできませんでした。

それにノリスに近づいたハミルトンは、ダーティーエアの影響を受けてアンダーステアがでて、それ以上近づくことが出来ません。

最後の最後に雨に笑ったハミルトン

▽最後のドラマ
45周目にはメルセデスがハミルトンに降水確率が上がっていると報告しています。そして46周(残り7周)に雨が降り始めます。ここから大きくドラマが動きます。この時点では雨はパラパラ降る程度で、ターン5、6、7辺りから降り始めます。路面は乾いており、多少タイムが遅くなりましたが、ドライで走れていました。この時点でのノリスの走りは見事でした。1秒ほどに詰められていたハミルトンとの差を広げ始めます。この時点ではコースの3/4は雨が降ってなくて、1/4は降っていました。

ただ雨雲レーダーはこれから雨が強くなることを示唆していました。そこでメルセデスはポイント圏外を走っていたボッタスのタイヤ交換をします。ポイント圏外のボッタスならば、タイヤ交換で失敗しても失うものはありません。

47周目にボッタスが、48周目にフェルスタッペンがインターに交換します。この時点でコースの半分では少し雨が降っていて、半分は降っていない状況でした。なのでまだドライタイヤでも走れていました。このときマクラーレンはノリスに雨の振り方はこのまま最後まで降ると伝えています。

ただボッタスのタイムはすでに3秒もドライタイヤ勢よりも速い状況です。ただタイヤ交換すると24秒もロスします。残り数周ですので、ラップ当たり数秒のロスならばタイヤ交換しない方が有利です。ただ雨がひどくなると判断したメルセデスは48周目にハミルトンにタイヤ交換を指示します。ただハミルトンは自分自身の判断でピットに入りませんでした。実際、この時点では多少遅くてもまだドライで走れていました。

48周目にメルセデスはハミルトンに雨の降り方がひどくなっていると伝えています。雨の降っているコーナーでは、アクセルを踏み込むタイミングがかなり遅くなっていました。ハミルトンはピットからタイヤ交換の準備はできていると伝えられますが、ハミルトンはかなり滑りやすいけどそんなひどい雨じゃないよと返しています。

さらにメルセデスは、すでにボッタスはタイヤ交換を終えていると伝えてハミルトンにタイヤ交換を即すと、ハミルトンもかなり滑ると話しています。そしてピットから48周目の最後にピットに入れと伝えます。しかしハミルトンは自分の判断で、そのまま走り続けます。

ただメルセデスには絶対にハミルトンにタイヤ交換させなければならない理由がありました。フェルスタッペンはすでにタイヤ交換しています。なのでこのままハミルトンがタイヤ交換せずに、雨がひどくなった場合、ハミルトンが下位に沈み、フェルスタッペンが優勝ということもあり得ました(そして実際にそうなったでしょう)。メルセデスとしてはノリスが優勝してもいいくらいの感じだったと思います。絶対に避けなければならないのは、フェルスタッペンがハミルトンより上位でフィニッシュすることです。

だからハミルトンにピットインと何度も呼びかけます。しかも2位のハミルトンと3位とは、47秒も空いており、タイヤ交換しても順位を失う危険はありませんでした。さらにメルセデスは、レーダーの雨雲を見て、他のドライバーの無線を聞いてターン5〜7で雨が強くなっていることを確認しました。

この時、ハミルトンは雨がやんできたと伝えますが、最終的には指示にしたがい、49周目にタイヤ交換に向かいます。50周時点のノリスはボッタスに対して約2秒遅かったのですが、残りは3周ですからこのままノリスは逃げ切れるはずでした。雨が急に強く降らなければ。50周目でもコース前半はまだ乾いていて、インターを履くマゼピンをノリスは軽々と抜いていきます。しかしターン5以降はかなり濡れていて、再びインターを履くマゼピンに抜き返され、ノリスはコーナーで苦労します。しかしもうノリスがか勝利するには走り続けるしかありません。勝利にこだわらずにチームがタイヤ交換を指示し、50周目にタイヤ交換していれば2位は確実でした。そして51周目に急激に雨が強くなりドライではコーナーを曲がれないコンディションとなりました。

前人未到の100勝目を飾ったハミルトン、あと何勝するのでしょうか?

コースアウトしたノリスをハミルトンが抜いていきます。51周の終わりにタイヤ交換をしたノリスは7位でフィニッシュします。

予選の時と違いトップを走るノリスが先にタイヤ交換をするのは難しかったと思います。実際、あと5分雨が降るのが遅ければノリスは逃げ切れてたでしょう。またボッタスが3位を走っていれば、先にインターに変えることは難しかったですし、フェルスタッペンがタイヤ交換していなければ、メルセデスの判断も難しかったと思います。また47周目にノリスがコースアウトしたときにハミルトンが抜いていれば、その後の展開がどうなっていたかはわかりません。本当に誰にとっても難しい状況でした。

ただマクラーレンは少しドライバーに判断を委ねすぎた感じはします。確かに路面状況はドライバーにしかわからないですが、雨雲レーダーや他のドライバーのタイムや無線はピットでしかわかりません。確かに先にハミルトンにインターに交換されてしまったので、次のラップにタイヤ交換したら抜かれるのは確実でした。そのため51周目もタイヤ交換せずにドライで走り続けさせたのは理解は出来ますが、本当に残念な判断でした。

これはどちらが正しいという問題ではなく、どちらを優先するのかという問題です。チームがもっとはっきりと指示を出せていれば結果は変わったかもしれません。この部分もいつもギリギリの優勝争いをしているメルセデスとの差が感じられました。

またノリスのリアクションも余裕がなく、チームからの問いかけに「黙れ」とか「NO」とか叫ぶのを聞くと、チームもノリスへアドバイスするのが難しくなりますよね。ただハミルトンも昔はミスをしていましたから、この辺りは経験を積んでいくしかないと思います。

ハミルトンがタイヤ交換しろと指示を受けていたのですから、同じタイミングでタイヤ交換するのはありでした。そうすればポジションを守れていたでしょう。もっともこれらのことは後からなんとでも言えることです。

このあたりの土壇場、急な状況変化に対応するメルセデスの作戦判断は、今回もまた素晴らしかったと思います。

では雨が降らなかったらノリスは優勝できていたのでしょうか。答えはイエスでしょう。47周目にはノリスに接近していたハミルトンですが、無線でこれ以上は(ダーティエアーのせいで)近づけないと話していました。先ほど述べたように今回のメルセデスは、前走者の後ろを走るとアンダーステアが厳しくなり、最終コーナーの立ち上がりが鈍く、DRSを使ってもノリスを抜くのは難しかったでしょう。まさに運命の降雨だったわけです。

それにしても通算100勝もするドライバーが現れるとは、思っても見ませんでした。昔は最多勝といっても30勝もいってなかったですからね。F1の安全性も増し、昔と違って現役年齢も高くなりましたし、年間開催レース数も増え続けています。最強マシンを運転しているのだから、勝って当たり前という声もあるとは思いますが、それでもチームメイトを抑えて勝ち続けているわけですから、やはりすごい記録ですよね。彼がどこまでこの記録を延ばすのか想像も付きません。

抜群のタイミングでタイヤ交換して2位を得たフェルスタッペン

▽最高の結果を得たフェルスタッペン
2位になったフェルスタッペンも最高の結果を手にしたと言っていいでしょう。イタリアGPでのハミルトンとの接触のペナルティで3グリッド降格が決まっていたのと、どこかで新品のPUを投入しなければならなかったので、このタイミングでPU交換し、ペナルティを受けて最後尾からのスタートを選択しました。

フェルスタッペンはハードタイヤでスタートしたのですが、順位を順調にあげ25周目にはハミルトンのすぐ後ろまでに追い上げていました。これはハミルトンがリカルドに抑えられていたからなのですが、26周目にミディアムのハミルトンがハードにタイヤ交換した同じラップにフェルスタッペンもミディアムに交換します。

集団の中で走っていたフェルスタッペンはタイアを痛めていたので、しかたない判断だったかもしれません。ただこの日のベストタイヤはハードでした。実際、36周目まで引っ張ったペレスは表彰台圏内にまで上がっていました。ミディアムはフロントタイヤにグレイニングがでる傾向があり、先にミディアムに交換したフェルスタッペンはペースが上がらずに、コース上でアロンソに抜かれて7位を走っていました。ただ最後に雨が降ってきたこともあり、失うものが少ないフェルスタッペンはインターに交換し、2位になれたのは大きな成果でした。これでチャンピオンシップのリーダーはハミルトンになりましたが、点差は僅かで、最後尾スタートのレースを優勝にも値する2位で終わることが出来ました。

こうして失うものがなかった土曜日にポールを獲得したノリスは、失うものを多く背負った日曜日に敗れました。でもこの日のノリスの走りが素晴らしかったのは、誰もがわかっていたと思います。彼がレースで優勝する機会は遠くない未来に来ることでしょう。