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ソフトタイヤとペナルティに沈んだハミルトン ロシアGP観戦記

レース序盤をリードするハミルトン

前戦のトスカーナGPでもボッタスを圧倒して勝利したハミルトン。このロシアGPもハミルトンが圧倒的に有利かと思われました。ところが勝ったのはボッタス。ポールポジションもとって圧倒的に有利かと思われたハミルトンに影を落としたペナルティ。ではペナルティがなければハミルトンは勝てたのでしょうか。今年最初の遠征となったロシアGPを振り返って見よう。

▽ハミルトン最初の躓き
まず最初の異変が起きたのは予選でした。ポールポジションを獲得したハミルトンでしたが、予選Q2でちょっとした事件が起こり、それが彼のレースに大きな影響を及ぼすことになりました。ボッタスとフェルスタッペンはQ2をミディアムタイヤでアタックして通過しました。ピレリはこのレースにもっとも軟らかいタイヤの3種類を持ち込みました。ここは市街地コースで路面もスムーズでタイヤへの攻撃性も少なく、高速コーナーもほとんどないからです。

当然、ハミルトンもミディアムタイヤでアタックしたのですが、最初のアタックではコースを外れたためにタイムを抹消されます。ミディアムだったので続けてアタックもタイヤ的にはできたのですが、残念ながら燃料を1周分しか搭載していなかったので、やむなくピットインします。そしてハミルトンの二回目のアタック中にベッテルがクラッシュして赤旗中断。2分15秒ほど残っていたので、もう一回アタックできると思われたのですが、ここでひとつ問題がありました。

ライバル達は予選アタックで有利な位置を得ようと、予選再開前からピットレーンにマシンを並べます。一方、ここまでタイムを記録していないハミルトンはピットの中で待機していて、彼が出て行ったのは再開直前でした。それにも理由がありました。ホンダやルノーはMGU-Kでエンジンを始動するシステムを搭載していたので、ピットレーン上で待っている間はエンジンを止めておくことができます。F1マシンは市販車と違っていラジエーターに空気を強制的にあてるファンはついていません。F1マシンは走ることでラジエーターに空気を当てて冷却する仕組みですから、エンジンをかけたまま長時間マシンを止めておくとオーバーヒートを起こしてしまいます。一方もメルセデスのPUはこの仕組みがありません。彼らはこのシステムを軽量化のために装備していないのです。実際、ピットレーンに並んでいたメルセデス製PUを搭載しているストロールは予選再開前にオーバーヒートを起こしてピットへ逆戻りしてQ2で脱落しました。

それでも1周1分40秒ほどのコースなので、2分15秒もあれば余裕でアタックすることができると思われましたが、当然アウトラップは各車がスピードを落として走ります。しかも予選アタックのことを考えると、前を走るマシンとある程度間隔を空けなければなりません。

紳士協定としてアウトラップ中に前のマシンを抜くことはできません。そうしている内にあっという間に2分15秒がたとうとしていました。結局、ハミルトンは最後の最後に2台だけ抜いて、Q2終了1秒前にアタックを開始することができました。ただそもそもハミルトンは新品のミディアムは1セットしかなかったので、Q2最後のアタックををソフトタイヤで走らざるを得ませんでした。Q2突破するには、たった一回のアタックしかできないので、中古のミディアムで走りQ2で脱落するリスクを冒すことはできませんでした。

▽ハミルトン二つ目の障害
こうして予選Q2を突破して、Q3でポールポジションを獲得したハミルトンですが、上位3台の中で唯一ソフトタイヤでスタートすることになり、これがレースに大きな影響を与える事になります。

しかもこのコースはスタートからターン2(ターン1は実質的にストレートなので、最初のブレーキングポイントはターン2になります)までの距離が800mもあり、後ろのマシンがスリップを使えてオーバーテイクが可能なのでポールポジションは有利とは言えません。

当然、スタート直後の争いに興味が集中するはずだったのですが、実はそのスタート前にもうひとつのドラマが起こっていました。ここでもドラマの主人公はハミルトンです。通常、グリッドに並ぶためにピットレーンから出るときに、後ろからマシンが来ないことを確認してスタート練習をします。というのもスタート練習は金曜日や土曜日の練習走行後にやっていますが、クラッチのつなぐポイントとかタイヤのグリップとかは、当日の気温や湿度にも影響を受けます。なのでグリッドにつく前に多くのドライバーがスタート練習をします。

スタートでハミルトンにアタックするボッタス

ここでハミルトンもスタート練習をしましたが、彼がスタート練習をした場所はピットレーンの出口ではなく、ピットレーンから出てくる道と本コースが交わるところでスタート練習をしてしまいました。通常、スタート練習をする位置は、FIAから指示されており、そこでスタート練習をする必要があります。今回、ハミルトンはそれよりかなり先でスタート練習をしました。ハミルトンはチームに無線で、もう少し前でスタート練習してもいいか確認したのですが、チームはこれを認める回答をしています。なのでこれはハミルトンだけのミスではなかったのですが、チームもハミルトンがいきなりそんなことを言うとは思ってもみなかったので、かなり焦って回答して判断ミスをしたのでしょう。実際、この後ハミルトンには10秒のペナルティと訓告2ポイントを与えられましたが、チームの指示があったとして訓告ポイントは取り消されました。ただこれによりハミルトンは審議中となりました。

ではなぜハミルトンはライバル達がスタート練習する場所ではなく、他の場所でやりたかったのでしょうか。それは彼ができるだけ実際のスターティンググリッドに近い路面状態の場所でスタート練習をしたかったからです。みんながスタート練習するということは、その場所だけタイヤのラバーがのりグリップがいい状態になります。スタート練習はレース前だけでなく、練習走行中にも繰り返されるので、路面にラバーがのります。そうすると路面のグリップが良くなるので、同じスタート練習といってもクラッチのバイトポイントや適切なエンジン回転数を探すことができないからです。

更に言うとハミルトンは決して有利とは言えないポールポジションからのスタートだったので、いつも以上にスタートを失敗できないというプレッシャーが強く、このような通常ではしないようなことをしてしまったのだと思われます。

ただこれでハミルトンはスタート前に審議中になり、実際にレース中に10秒のペナルティを課されます。この10秒のペナルティは5秒ペナルティが二つ加算されて10秒になりました。ひとつめのが、定められたスタート練習エリア(ピットレーン出口の信号の右横と指示されていた)以外でスタート練習をしたこと。もうひとつはピット出口では一定の速度で走る義務があり、彼はマシンを止めてスタート練習したことにより、そのルールにも違反してしまったのです。ふたつめのルールは当たり前ですが、ピットレーンからコースに戻る時にマシンを止められたりしたら、後続のマシンは迷惑ですし、最悪追突する可能性もあるために設けられたルールになります。

メルセデスはFIAからは図でスタート練習の具体的な場所を示されていないし、どれくらいピットレーン出口の信号から離れていけないとも書いていないと主張していました。ただ他のチームは間違えずにスタート練習しているわけだし、ボッタスだって間違えていないのだから、この言い訳は通用しないですよね。それに明らかにハミルトンはピット出口より先でスタート練習をしているのですから、この理屈は通りません。許可を出したメルセデスのスタッフもハミルトンがあんな前まで出てスタート練習するとは思わなかったと述べています。

ただこれでレースの状況は大きく変わることになりました。

タイヤ交換後は順調にリードを開いたボッタス

▽ボッタスの力強い走り
スタートでは予選3位だったボッタスが強力な加速をして最初のブレーキングポイントであるターン2でアウトからハミルトンに並びます。先ほど述べたように、このコースはスタートからターン2まで約800mもあるのでスリップを有効に使うことができます。ただボッタスには不運なことに、ブレーキング時に彼のバイザーに虫が当たって一瞬視界を失い、奥まで行き飛び出しそうになっています。このあと明らかになるようにターン2を飛び出した場合、その先のボラードと壁の間を通ってコースに戻らなければなりません。実際、この直後フェルスタッペンが飛び出して、ボラード間を通ってコースに戻り順位を失っています。サインツにいたっては速度の出し過ぎと、ライン取りを間違えて壁に激突しクラッシュしてレースを終えています。この時、ボッタスもコースを飛び出して、遠回りしてコースに戻っていれば順位を失っていたかもしれず、そうなれば今後のレース展開はまた変わっていたと思われます。ここがボッタス勝利へのひとつめのチェックポイントでした。

ボッタスのアタックをなんとかしのいだハミルトンでしたが、彼は上位3台の中で唯一ソフトタイヤを履いています。なので当然、最初にピットに入ることになります。彼は16周目にタイヤ交換に入ります。もともと16周目にタイヤ交換する予定でしたが、スタート時のセーフティカーが6周先導したことにより、もう5〜6周いけるとハミルトンは思っていました。この時、ハミルトンはまだタイヤは残っているのでステイアウトしたいと言っていましたが、チーム側はタイヤの温度を測るセンサーの数字から、もうすぐラバーがなくなるのがわかっていましたので、ハミルトンをピットに入れました。

ハミルトンは10秒ペナルティがありタイヤ交換後に中団勢の中に戻ることがわかっていたので、タイヤが終わった状態でタイムロスしてタイヤ交換後の順位をこれ以上落とすことを避けたかったのです。さらにメルセデスからするとハミルトンがそのまま走り続けるとタイヤが終わりタイムが落ちるとボッタスが追いつき、ハミルトンがボッタスに蓋をするのも嫌いました。そうなるとボッタスとフェルスタッペンとの差が縮まり、最悪アンダーカットされる可能性があったからです。ハミルトンがこのタイミングでタイヤ交換する意味があるのか怒っているように見えたのは、チームとハミルトンが持っている情報に差があり、チームは当たり前ですがメルセデスが勝つことを優先したからでした。

これでボッタスが先頭に出ます。以前にも書いた通りメルセデスのマシンは先頭でクリーンな空気の中を走った時にバランスが取れるように最適化されています。これまでもボッタスはハミルトンの後ろを走ることにより、タイヤを早く痛める結果になっていましたが、今回ボッタスは逆にハミルトンに対して優位に立ちました。トップに立ったボッタスはとても速いタイムを出すことができました。そしてミディアムタイヤを履いたボッタスはセーフティカーが登場するリスクを考えて、フェルスタッペンがタイヤ交換するまで待って、その次の26周にタイヤ交換します。

ハミルトンのペナルティにも助けられて2位を獲得したフェルスタッペン

▽フェルスタッペン2位獲得
これでボッタスは勝利に大きく近づきました。ではフェルスタッペンとハミルトンとの2位争いはどうなったのでしょうか。フェルスタッペンはハミルトンより9周も遅くタイヤ交換しました。ここからハミルトンの反撃からと思われましたが、ハミルトンは中団勢の後ろで戻ったので、彼らを抜かなければなりませんでした。そのためタイヤが厳しくなっていました。マシンの戦闘能力の差はあるにせよ、フェルスタッペンより9周も古いタイヤを履いていては、さすがのハミルトンもフェルスタッペンとの差を縮めることができません。ハミルトンはあまり攻めすぎると最後までタイヤが持たないという不安もあり、フェルスタッペンを攻めると言うよりも、3位を守ってボッタスとのポイント差ができるだけ縮まらないようにするのが精一杯でした。

ハミルトンがペナルティがなくても、ソフトタイヤでスタートをしたことを考えると今回に関して言うとハミルトンはボッタスに勝つのは難しかったと思います。もちろんペナルティがなければハミルトンは2位にはなれたと思われます。

これで開幕戦以来の勝利を飾ったボッタスですが、チャンピオンシップポイント的にはまだハミルトンとの差は大きい(44ポイント差)のが現実です。ボッタスはこれに満足せずに、シーズン後半戦のレースも勝ち続けなければチャンピオン争いをすることは難しいでしょう。