2023年のF1で初めてレッドブル以外のチームが優勝した。今年のF1を独占してきたチームはまったく目立たず、カルロス・サインツはそのスピードとクレバーな作戦で、レッドブルの連勝記録を止め、フェラーリでの2勝目を記録することに成功した。
▽レース展開を決定した僅差の予選
今まで誰もが持っていた疑問に結論が出た。それは今シーズン、レッドブルは全戦優勝するのか?という疑問だ。その回答がシンガポールで出た。
オランダの熱狂的なマックス・フェルスタッペンファンでさえ、最近は勝ちすぎて、それが当たり前になり、彼の優勝が続くことに熱狂を持つことができずにいた。
その2週間前のイタリアGPでは、かつて無敵と思われたマクラーレン・ホンダがシーズン全戦優勝という偉業を成し遂げられなかったレースとの類似性を期待する声も多かった。1988年のイタリアGPもマクラーレンのMP4/4が連勝を続けるかと思われたが、レース終盤にアイルトン・セナがウィリアムズの代役を務めたジャン・ルイ・シュレッサーとの衝突で勝利を逃した。
35年後、フェラーリはホームで復活の兆しを見せ、カルロス・サインツがフェルスタッペンと果敢に戦ったが、この日はシュレッサーのような彼を助ける要因はなく、フェルスタッペンが10連勝で連勝記録を更新した。しかし、連勝記録はそこで終わりを告げた。サインツがモンツァでの健闘に続き、シンガポールの緊迫した戦術的な対決で後続を制した。
いつものことだが追い抜きが難しいストリートサーキットでは、予選がひとつの鍵を握る。先にアタックしたサインツより、タイヤの暖まりが悪いメルセデスのラッセルは第1セクターでは0.068秒遅かったが、タイヤ温度が十分に上がったセクター2では0.093秒速かった。しかしドラッグの少ないフェラーリの利点を活かし、セクター3でタイムを稼いだサインツはわずか0.072秒差でポールポジションを獲得した。そしてこれがサインツとラッセルの最終結果を左右する大きな要因のひとつとなった。
実はラッセルはQ3の最初のアタックを中古タイヤで走っていた。ただし中古タイヤと新品タイヤでは当然グリップに差があり、2回目のアタックで新品ソフトを履いた場合、どの程度追加のグリップがあるのかは判断が難しい。しかもストリートサーキットは路面の改善度合いが激しいので、さらに2回目のアタックを難しくしていた。
実際、二人の差はわずか0.072秒差だったので、新品のソフトを2セット使えていればラッセルがポールポジションを取っていたかもしれない。
予選ではアドバンテージのあるフェラーリに対し、メルセデスはポールポジションが取れなかったことを考え、新品のミディアムを2セット(ライバルは1セットのみ)を温存していた。
路面がスムーズなマリーナベイサーキットでは、1ストップレースになるのが通常だが、スタートでトップに立てなかったときのことを考えて、メルセデスは第2案としての2ストップレースを考えていて、その鍵を握るのが追加の新品ミディアムだった。
▽フェラーリの思惑通りのレース序盤
マリーナベイでのレースは、確かにスローペースだった。タイヤのデグラデーションに対する懸念と、1ストップ作戦を成功させたいという思いと、追い越しが絶望的なほど難しいサーキットの特性から、タイヤの寿命を少しでも縮めようとする者はほとんどいなかった。
フェラーリは早々にタイヤ・マネジメント・ゲームに打って出た。メルセデスとマクラーレンがFP2のレースシミュレーションで見せたように、純粋なレースペースでは太刀打ちできないことはフェラーリもわかっていたし、いつものようにライバルよりタイヤのデグラが厳しいこともわかっていた。
そして先ほど述べたように、メルセデスには切り札があった。プラクティスセッションを通じて、ミディアムタイヤでの走行を控えめにしていたので、決勝では作戦的なオプションを持たせるために、1セット余分に新品のミディアムを1セットを持っていた。
そのため、予選後のジョージ・ラッセルは、メルセデスがレースで優位に立ち、日曜日でも戦術的に優位に立つことができると強気だった。その余分なセットに対する彼の予感が、結果的にスリリングなレースの結末に貢献したとはいえ、彼はむしろサインツの作戦を過小評価していたように感じられた。
予選Q2でレッドブルの両ドライバーが脱落したことで、ライバルにとって誰がポールを取ってもおかしくない状況となった。
ポールポジションを獲得したことでフェラーリは、勝利のためにすべてをかけることにした。近年のフェラーリは、保守的な作戦がチームを追いつめ、勝利を取り逃がすことが多かった。ラッセルがシャルル・ルクレールをフロントロウから押し出したため、フェラーリはフロントロウを独占することはできなかったが、ルクレールがミディアムタイヤではなくソフトタイヤでスタートしたことで、スタートでミディアムを履くラッセルを抜くことに成功し、レース序盤から1−2体勢を作ることに成功した。
「最初のスティントでジョージの前に出るために、直前になってソフトタイヤを選択した」とルクレールは振り返る。「これはサインツにとってもギャップを広げて良かったし、僕にとってもカルロスより、先にタイヤ交換して2位を守れるメリットがあった」
ルイス・ハミルトンもスタートでラッセルをかわしていたが、少し問題があった。ハミルトンは1コーナー進入でブレーキを遅らせたが、そのままランオフエリアを通過し、ターン3を出たところでラッセルとランド・ノリスの前にいた。FIAがこの第1コーナーのインシデントを調査対象としたため、ハミルトンはポジションをラッセルとノリスに戻さなければならなかった。
ただラッセルに戻すのはまだしも、ノリスにまで戻すのは、ハミルトンにとっては少々厳しかった。というのも確かにノリスの言うように、ハミルトンはターン1のブレーキを遅らせてノリスを抜いたが、それはノリスの前にラッセルがいてノリスがリスクを避けるために早めにブレーキングしたためであり、ハミルトンは前にスペースがあったので思いきってブレーキングを遅らせたからである。
実際、ハミルトンの車載カメラを見ると、彼はターン1で明らかにターンインできているし、イン側にラッセルがいなければ、コース上にとどまれたと思われる。ハミルトンはラッセルとの接触を避けるために、コースオフした。そして、この順位を戻したことがハミルトンから勝利のチャンスを奪うことになった。
これは少しながらフェラーリにとって有利に働いた。ハミルトンがルクレールとラッセルの間に入ったので、フェラーリとラッセルとの差が広がったのだ。
▽にらみ合い動けないライバル
その後の上位陣の動きは、タイヤを温存するためにペースは上がらなかった。サインツとルクレールがペースをコントロールし、ルクレールはDRSの範囲内にとどまったため、ラッセルは前をアタックするのではなく、タイヤセービングを行うことを余儀なくされた。
その点ではレース終盤を予感させたが、上位勢はオーバーテイクを仕掛けるでもなく、淡々と周回数を重ねた。
フェラーリの作戦は、サインツとルクレールの間にギャップを築いてサインツのリードを広げ、ソフトを履いたルクレールが最初にピットインすると予想されるので、その後にサインツがタイヤ交換するときに、ラッセルにアンダーカットされるのを防ぐことだった。
ルクレールは10周目に、チームメイトに3秒のアドバンテージを与えるために、ペースダウンする必要があると告げられた。しかしルクレールはあまり遅く走るとラッセルに抜かれる懸念があるので、無線で異議を唱えていた。
ラッセルはフェラーリの作戦を知らされ、「彼らはルクレールを犠牲しようとしている」と言ったが、彼にできることはほとんどなかった。
ラップタイムは多少の上下をしながら、ルクレールはチームメイトとの差を2.3秒に広げていたが、その後さらに5秒は必要だという知らせを受けた。フェラーリがレースをコントロールし続けるなか、ラッセルはチームに無線で「このレースで勝つための最善の方法は何か?」とチームにたずねたが、チームとしても気の利いた返事ができるわけではなかった。可能性があるとすれば、雨が降るかセーフティカーが出るくらいだった。
▽動き始めたレース中盤
そんな20周目にローガン・サージェントがターン8でマシンをウォールに激突(というほどのスピードでもなかったが)。フロントウイングを壊してしまった。彼はフロントウイングがクルマの下敷きになった状態で、なんとかウイリアムズをバックさせて突き刺さったウォールから脱出し、カーボンの破片をまき散らしながらピットに戻った。
鋭利なカーボンの破片を回収するためにセーフティカーが出動。レッドブル勢を除けば、誰もがタイヤ交換のためにピットレーンに急いだ。セーフティカーが導入されると、サインツに与えられたリードはピットストップの局面を決定的に有利にし、トップでレースに戻った。
サージェントがマシンを壊した時点で1位と2位の差は3秒を超えていた。タイヤ交換する際にダブルストップをロスなくするために、ルクレールは遅く走りサインツとの差をさらに広げた。ただそのために後方のラッセルとノリス、ハミルトンとは僅差になった。
まずはルクレールがタイヤ交換し、その後にラッセルがタイヤ交換する。ノリスはルクレールの横を通り過ぎるが、最後のハミルトンは目の前でラッセルがタイヤ交換しているので、直前でスピードダウン。
しかも都合の悪いことに、フェラーリのピットのすぐ先がメルセデスのピットで、ハミルトンはちょうどルクレールを蓋するような形になった。ルクレールはタイヤ交換が終わっていたのに、アンセーフリリースになる危険があったので、留め置かれた。
実際はハミルトンが最後にスピードを落としたのでギリギリ飛び出せるタイミングもあったが、それをフェラーリは予測することもできず、失敗すると二台が接触する可能性もあったため、フェラーリはルクレールを待たせた。
そのためラッセルの方が先にピットを離れて、ラッセルが2位にノリスが3位になり、ルクレールはまさかの4位でコースに戻り、これでサインツを守る壁がなくなってしまった。
サインツにとって、セーフティカーのタイミングは少し早すぎたようだ。「20周目にハードタイヤに履き替えたのは予定通りではなかったし、特にミディアムタイヤをうまくマネージメントできていて、もっと長い距離を走れると感じていたからね」とレース後に振り返った。「でも正しい判断だった」
サインツのエンジニアであるリカルド・アダミは、セーフティカー後の再スタートに向けていくつか指示を出した。まず、フェルスタッペンがトップ争いで無茶をしないように再スタートの局面でフェルスタッペンとの差を広げること。
フェルスタッペンの週末は、控えめに言っても悲惨で、彼と彼のチームメイトは、勝つためにギャンブルをし、セーフティカーのタイミングでタイヤ交換をせず、フェルスタッペンは2位にポジションアップしていた(彼らは二台ともハードを履いていたので、タイヤ交換のタイミングでなかったこともあった)。だからフェルスタッペンが再スタートで無理矢理オーバーテイクを仕掛けることを防がなければならない。もっともフェルスタッペンは20周走ったハードタイヤを履いていたので、サインツの敵ではなかった。
次にリスタート後は、サインツは後続集団をできるだけ離さないよう指示された。フェルスタッペンがルクレールの代わりにライバルからの盾となってラッセルの攻撃を防ぐためである。ただフェルスタッペンのペースが上がらないので、すぐに抜かれてしまうが。
第1スティントを見る限り、フェラーリにとって最大の脅威がメルセデスであることは明らかだった。フェルナンド・アロンソが金曜日に見せたレースペースは再現されず、ノリスのマクラーレンも同様だった。
フェラーリがメルセデスと同じ作戦で戦えば、サインツがレースペースを管理し、乱気流がラッセルのにタイヤのデグラデーションという問題を与えることができる。
サインツがペースを上げてもハードタイヤを痛めるだけだし、後続集団の差が開いてスペースができると、メルセデスがポジションを失うことなくタイヤ交換して、(みんな知ってるけど)秘密兵器である新品のミディアムタイヤを利用する機会を与えることになる。後続と一体になっていれば、もしメルセデスが2ストップすれば、ポジションを失い新品ミディアムのメリットを活かすことが難しくなる。
結果的にペースの上がらないレッドブル勢がトップ集団から一掃されると、二つのチームの戦術的な戦いが再開された。最初、サインツには1秒の差をつけ、2位のノリスをDRS圏外に置くように指示されたが、サインツは2位のノリスとの差を1秒以下にキープした。そうすればノリスはサインツのDRS圏内に入り、ラッセルから抜かれないし、サインツもラッセルから抜かれないからだ。マクラーレンにはフェラーリを抜くペースはなかった。
しかし波乱はもう一つあった。43周目、エステバン・オコンがアルピーヌの駆動力を失い、ターン3の手前で停止したため、レースコントロールはバーチャルセーフティカーの指示を出した。
これでメルセデスはギャンブルの機会を得た。通常よりもロスタイムが減り、失うポジションが少なくてすむ。ラッセルとハミルトンは44周目の終わりでピットに戻され、新品のミディアムタイヤを履いてコースに戻った。VSCの存在のおかげで短縮されたとはいえ、そのロスタイムでラッセルは2位から4位へと二つポジションを失い、45周目のリスタートではサインツに17秒以上の差がついていた。
ラッセルはサインツに対して1秒以上速く、急速に差を縮めてきた。この日のサーキットではミディアムタイヤがベストなレースタイヤだったこともあり、新品タイヤの恩恵も受けつつ、レースはラッセルに有利な展開になったように見えた。ただ問題はこのストリートサーキットでどうやって抜くかだ。
しかも、メルセデスのふたりはサインツと戦う前に、やるべきことがあった。ルクレールはフェラーリの今季初勝利のため、またノリスも表彰台を賭けて、サインツの後方で戦おうとしていた。
「スティントの序盤は、ラスト12~15周でプッシュできるペースがあると感じていたので、それほど神経質になることはなかった」とサインツは振り返った。「でも、プッシュし始めるとすぐにタイヤのデグラデーションが始まってしまった。ランドと僕はかなりスライドしていた。それにメルセデスがすぐにシャルルを抜き、急速にランドと僕との差を縮めてきたのには驚いたよ。その時点で、OK 今日は簡単にいかないなと思ったよ」
53周目にラッセルがルクレールを抜き去り、次の周回でハミルトンが続いて、ノリスとの差を縮めてくる。
ルクレールが容易に抜かれたのは彼のフェラーリがオーバーヒートし始めていたからだ。「二台のメルセデスに抜かれた後は、プッシュしても得るものはなかった」とルクレールは結論づけた。
ノリスのミラーにメルセデスのマシンが大きく迫ってきたとき、サインツは自分もかつてのチームメイトも抜かれないようにするため、リスクを取ることを選択した。
「これはシンガポールのようなサーキットでは常に頭の片隅に置いておく作戦で、いつか役に立つかもしれない」とサインツはレース後に明かした。「もちろん、それを考えるのは簡単だし、覚えておくのも簡単だよね。でも、それを実行するのはもっと難しいよ。なぜなら、余計なプレッシャーがかかるし、リスクも伴うからね」
「それを実行することで、さらにリスクを背負うことになる。でも、それがレースに勝つための唯一のチャンスだと思ったんだ……」
サインツは、チームからノリスをDRS圏外にするよう指示されたが、彼は指示を守らず、相変わらずノリスをDRS圏内に置いていた。そうすればノリスがメルセデスから順位を守るための壁になるからだ。サインツがノリスに与えたDRSは、ラッセルがマクラーレンをパスしようとするのを確実に阻止した。ノリスは2位を守ることに集中し、サインツは最後の瞬間に抜かれる可能性がないギャップは保っていた。
59周目、ノリスはバッテリーを使い果たしコーナーの立ち上がりの加速が鈍った。そこでフレッシュなミディアムを履き、トラクションのいいラッセルがノリスに襲いかかったが、ノリスはすかさずオーバーテイクボタンを押し予備の電力を使い、ギリギリでラッセルの攻撃を退けることに成功した。
このバトルでノリスはサインツの1.5秒後方まで順位を下げたが、それでもまだサインツにはノリスが必要だったため、次のラップのターン3でバックオフしノリスを待ってDRSを使えるようにした。
「メルセデスの方がずっと、ずっと速かった」とノリスは語る。「もし自分たちが前で邪魔していなければ、簡単に10秒は先に行かれただろう。でも、いつもオーバーテイクするのは困難な仕事だ。特にシンガポールはオーバーテイクが最も難しいサーキットのひとつだ。最後のほうで、ジョージが何度かアタックしてきたことで、彼のタイヤが少し限界に達してしまったんだと思う」
そしてラッセルにはもうひとりライバルがいた。すぐ後ろに張り付いたチームメイトのハミルトンである。実際、最後のスティントでミディアムを履いたハミルトンはラッセルより速く、後ろに張り付いて離れなかったし、時々はラッセルのインをつくような動きを見せていた。このため迂闊にノリスを攻撃すると、ハミルトンに抜かれる可能性もあった。
最終ラップはギリギリの走りなった。コーナーを通過するごとにサインツの勝利は近づいてきたが、ラッセルのドライビングミスが、それをほぼ確実なものにしてしまった。
ターン10でノリスはコーナー進入前にアウト側のウォールに右リアタイヤをほんの少し接触したが、大きな問題にはならなかった。しかしすぐ後に来たラッセルはそうはいかなかった。
ラッセルはノリスを追ってアウト側のウォールに右フロントタイヤを勢いよくぶつけた。これでメルセデスは直進し、ラッセルは午後の努力を台無しにするようにウォールに突っ込み、最終スティントでタイムを縮めていたハミルトンに3位を譲った。
「つまらないミスだった」とラッセルは嘆いた。「もし僕がスピンしたり、ロックアップしたりしていたら、また違っただろう。でも最終ラップで壁に激突してしまった。情けないミスだ」
ただこれを馬鹿げたミスだというのは間違いだろう。ラッセルはなんとかノリスを抜き、サインツに迫り優勝したかった。だから前のラップも同じコーナーで壁まで数センチの所まで攻めていた。マシンの調子は良く、作戦もうまくいき、タイヤもサインツやノリスに比べて遙かにいい状態で、勝てる可能性があった。しかし最終ラップになり、その可能性が小さくなろうとしていた。だからラッセルは限界まで攻めてノリスを抜こうとしていた。そして限界を超えてしまった。
通常なら抜けないサーキットで最終ラップも半分を過ぎれば、諦めてポジションを維持しても誰も責めないだろう。しかしこの勝ちたい気迫こそが、普通のドライバーと偉大なドライバーとの差を分ける大きな違いである。だからこの日のラッセルは、敗者としてではなく、勝者として記憶しておきたい。
こうしてこのレースの主役の一人であるラッセルがレースから消えた。土曜日にはほとんどポールポジションを獲得しそうになり、もしポールポジションからスタートしていれば、フェラーリよりレースペースが良かったので、勝利することはもう少し簡単だっただろう。
そしてサインツは最終コーナーを通過して、(レッドブル以外の)今年最初の優勝を飾った。F1カレンダーの中でも精神的に最も過酷なレースのひとつで、サインツは自ら作戦を考え、それを見事に実践して見せた。
「作戦は成功したし、時には自分の直感やフィーリングを信じることも必要だ」と彼は語った。「最近のふたつの週末はそれを信じてきたし、うまくいったよ」
予測不可能なスリルが展開されたレースは、レッドブルの大失態がなければ、F1最高のスペクタクルを生み出すことはなかった。メルセデスはレッドブルの覇権を崩す直前まで来ていたが、フェラーリの現在の調子の良さはマリーナベイでマジックを起こすのに十分だった。
▽レッドブル不振の原因
最後にレッドブルについても触れておこう。金曜フリー走行の時点で、レッドブルがシンガポールにベストの状態で来ていないことは明らかだった。週末のスタートがうまくいかない場合、通常はシミュレーターで修正される。しかし、土曜の出来はさらに悪化した。
フェルスタッペンによると、FP3と予選の間に行われた微調整がマシンを悪化させ、いつもは穏やかなハンドリングを見せるRB19も、ドライバーがステアリングと格闘しないとコーナーに進入することはできなかったと話した。
さらにスタートでハードタイヤを履いたことも事態を悪化させた。この日のベストレースタイヤはミディアムであり、実際レッドブルがミディアムに履き替えた後は、ライバルと遜色のないタイムで走れており、順位を上げることができた。
予選でレッドブルが極端に遅かった理由はわかっていないが、恐らくタイヤ温度を適切な範囲に上げられなかったからであろう。そうでなければ、あそこまで遅い理由は説明できない。2015年にもメルセデスがシーズンを圧倒していたが、シンガポールでタイヤ温度を管理できずに惨敗したことがあった。
シンガポールはかなり特殊なサーキットで、ストリートサーキットで路面がスムーズであり、その日の最初の走行は夕方から走行し、2回目の走行は夜になる。だからタイヤ温度を調整するには、難しいサーキットである。そしてFP1からFP3まで路面の状況は劇的に改善されてくるので、セットアップも難しい。
スムーズな路面でナイトレースなので徐々に気温が下がってくる。レッドブルは今年、タイヤの温度を上げることに苦労し、予選ではライバルに負けることが(たまに)あったが、それは裏返せばタイヤに優しいということであり、デグラが小さいということでもある。だから彼らは決勝レースでは圧倒的に強い。それが今回は悪い方に出てしまったということだろう。
FIAが指示を出していたフレキシブルウィングの規制がこれほどの影響を与えることはないし、チーム代表のクリスチャン・ホーナーもその影響を否定している。そもそもレッドブルはこの指示に対して何も変更をしていない。
もうひとつ考えられるのは、バンピーなシンガポールの路面である。レッドブルは今年、空力的にもっとも安定したマシンである。低速でも高速でも安定したダウンフォースを生み出しており、非常に安定したハンドリングを実現している。
そしてその原因のひとつが優れた車高の調整機能である。しかしバンピーなシンガポールの路面や高い縁石に合わせて、車高を上げるとレッドブルの安定したダウンフォースを生み出すのが難しくなり、タイヤの温度を適切にするのが難しくなる。
なので路面の入力も高いし、コーナーリングの横Gも強く、車高も落とせる鈴鹿では、もとの強いレッドブルが帰ってくるだろう。それにいつもレッドブルが勝つのに飽きてきた、F1ファンにとっては、シンガポールは今年一番のレースになったのではないだろうか。