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さらばホンダ、永遠に

2021年シーズン末でのF1撤退を表明したホンダ

去る10月2日にホンダはF1からの2021年シーズン終了後の撤退を発表しました。これについては驚いたと言えば驚いたし、驚かなかったといえば、驚きませんでした。

昨年1年しか契約を延長しなかった頃から雲行きが怪しいなとは思っていました。ただこれまで多大な投資をしてきたことを考えると、撤退しないという選択肢もあると思っていました。

これで第四期のホンダF1活動は終了します。社長の八郷氏曰く、昨年3勝し今年も2勝したので、目標を達成したからだそうです。しかしホンダの目標というのはそんなに小さいものだったのでしょうか。

正直言うとホンダはF1を続けることもできたと思います。ホンダの規模を考えればF1への投資は続けられたと思います。

ホンダの売上金額は2020年3月期で約15兆円。一方トヨタの売上高はほぼ倍の約30兆円。その売上高に対して研究開発費はホンダがが8600億円(売上高比5.7%)、トヨタは1兆1億円と多いが売上高も多いので対売上高比は3.7%に抑えられている。

そしてホンダは2020年3月期は減収減益でした。これは売上金額も減ったが、利益も減ったと言うことです。そして今年のコロナウィルス感染拡大による自動車販売の急減など逆風があったことは間違いありません。コロナ感染拡大以前から業績の悪化にともない車種の絞り込みや部品サプライヤーの統合、売却を進めていました。そうした文脈の中でみれば、今回のF1撤退は驚く事ではありません。

さらにホンダの売上高の半分以上を北米が占めています。欧州は北米の10分1です。そう考えれば、インディカーは続けて、金食い虫のF1をやめるという判断もありですよね。投資額からすると一桁違うでしょうし、北米はホンダの命綱で失敗は許されません。つまり売上的には、ホンダはもう日本の会社ではなくアメリカの会社なのです。しかも創業社長でもない八郷氏が売上低迷の責任を問われれば、コストカットに走ることも理解できます。

2050年にカーボンニュートラルを実現するというのも理解できますが、30年後の自動車世界の様相は今の想像とは違うのではないかと考えています。一昔前に400万台クラブという言葉がありました。つまり400万台以上の生産規模がないと、生き残れないというものです。しかし今でも400万台以下の自動車メーカーは生き残っていますし、これからも存在価値はあるでしょう。逆に闇雲に規模を追求した日産は苦境に立たされています。

だからカーボンニュートラルを言い訳にF1を撤退するのには違和感があります。つまりF1をやめるための後付けの理屈のように感じるのです。当然、自動運転や省燃費への流れは止めることはできないとは思いますが、それをゼロにするのは、技術的にはかなり難易度が高いと思っています。減らすのとゼロにするのでは、まったく違う発想が求められますからね。

だからこそ、ホンダが本当にF1を辞めて良いのかと疑問は残ります。ホンダは売上では逆立ちしてもトヨタには敵わない。トヨタと同じことをしても勝てるはずもない。となればトヨタがやらないこと。やろうと思ってもできないことをやるしかない。

それがホンダにとってのF1の意義なのでないのでしょうか。1960年代と言えばまだ日本は発展途上国でした。その時代にバイクで世界に打って出て、その勢いでF1にも参加する。ほとんど無謀とも言える挑戦でした。当時の日本の自動車の技術レベルは欧州には劣っていました。それでも挑戦し勝利を挙げることができた。

これは勝つとか負けるとかの話ではありません。挑戦するという姿勢がユーザーの共感を呼び起こし、それがブランド価値となるのです。トヨタも一時期、F1に参入しましたが大企業になったトヨタがF1に参加するのと、中小企業だったホンダがF1に参加するのでは、与えるインパクトが天と地ほどの差があります。

F1初期から参戦を続けているフェラーリは、勝ち続けているから世界最高のブランド価値を持っているわけではありません。近代F1が始まった70年代以降、フェラーリが最強だったのは70年代のニキ・ラウダの時代と2000年代のミハエル・シューマッハの時代しかありません。それ以外は負け続けています。それでもフェラーリはF1に参戦を続けています。創業者のエンツォ・フェラーリは資金に困ったとき、レースを辞める選択はせずに、市販車部門を売りに出してレース活動を続ける道を選びます。これで本当にレースは会社のDNAと言えるのです。

誰でも口では何とでも言えます。しかし本当に他人がその人や企業を評価するのは何を言うかでなく、何をするかです。今後、中国の自動車メーカーが技術レベルを上げて、日本車に追いついてくるのは明らかです。その時に安くて燃費の良いクルマだけでは、彼らに勝つことはできません。

その時にこそ、その会社の持つブランド価値が大きな意味を持ちます。スイスの時計メーカーは一時、価格と性能では敵わない日本メーカーに絶滅の危機に立たされましたが、価格と性能以外の価値を顧客に提供し、今でも生き残っています。それに比べると今のホンダは過去の遺産で食べているようなものです。もし続ける意志がないのであれば、もう二度とF1に参加しない方が良いと思います。時間とお金の無駄遣いです。

でもトヨタと同じことをするならば、ホンダの存在意義はありません。トヨタの車を買って乗ればいいのです。でもそうではない人もいます。その人たちにどういう価値を提供すべきなのか。ホンダはもう一度真剣に考えた方が良いでしょう。

それがF1に参戦とか撤退するとかの前に考えるべき事で、それを実現するためにF1に参戦するかどうかを決めるべきです。結局のところ、大企業となりサラリーマンから昇進した人が社長になると、業績により一喜一憂し、よければF1に参加するけど、悪ければ辞めるという判断になります。

ただそれではホンダはいつまでたってもF1世界のアウトサイダーのままです。お客さんとしてF1に参加して、お金を投資するだけして、ほとんど何も得る物がないまま撤退する。それでは本当にお金の無駄遣いです。

ホンダはF1チームを買収するという選択肢もあったはずです。実際、売りに出ているチームもあります。予算制限があるのと、コンコルド協定からの収入を考えると、大きな金額を使わずにF1に参加することも可能だったはずです。ただ第三期にチームを買収して大失敗した記憶も新しいので、そのトラウマを抱えているホンダにはその選択肢はなかったでしょう。

メディアの報道ではF1への再参入はないと報道されていますが、八郷氏は会見で、撤退した今の時点でF1への再参入は考えていないと述べています。それは当たり前の話で撤退を決めた今の時点で再参入するかどうかなんて、あと数年しか社長をしない八郷氏がわかるわけがありません。

ただこれまでも述べてきたように、F1に参加しては撤退することを繰り返すのであれば、F1活動の再開はやめた方が良いと思います。そうではなくてホンダとして提供する価値が何なのかを考えて、それを実現するためにF1に参戦するのであれば、ホンダはF1から多くのものを得られるでしょう。

そしてそれが実現したときこそ、レースはホンダのDNAと言い切れるのではないでしょうか。

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