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フェルスタッペンの勝利を決定したアロンソの判断の理由

レッドブルがシーズン全勝を目指すのであれば最大の試練と言われたモナコGP。フェルスタッペンは背後に迫るアロンソとドライからウェットに変わるレースの中で、勝負のルーレットが回りました。雨中のフェルスタッペンのドライビングは、最大の評価を受けるに値しますが、ライバルたちの重要な決断によって、彼はさらに強力なアドバンテージを得ることに成功しました。

雨のモナコを慎重にしかし確実に優勝へ向かって走るフェルスタッペン

「自分にとってはストップしたあのラップの時点では完全にドライ路面だった。ターン7と8を除けばね」とフェルナンド・アロンソは振り返ります。

アストンマーティンのエンジニアたちと天気予報と雨雲レーダーを検討した結果、降雨は「小雨」程度にとどまると結論づけました。雨雲が過ぎ去ることを予想したアストンは当初の予定通りハードーミディアム戦略を維持しました。アロンソは、雨が過ぎ去る数周の間、濡れたフェアモント・ヘアピンとポルティエを慎重に走ることを選択したのです。

しかしその後、空からはさらに多くの雨が降り注ぎ、アロンソはギャンブルが失敗したことを認め、次のラップでインターミディエイトタイヤへの交換を余儀なくされました。首位のフェルスタッペンがインターに変えるためにピットへ戻ると、アロンソも続いてピットに戻り、コースに戻ったときには20秒以上の差をつけられていました。

勝利を目指したがあと一歩届かなかったアロンソ

今年レッドブルがもっとも苦戦すると見込まれていたモナコGP。ということはアロンソにとっては勝利する最大のチャンスがここにあるということです。つまりアロンソは勝利するなら、ありとあらゆる手を使う覚悟がありました。しかも、もう一台のレッドブルであるペレスが予選でクラッシュした影響で最後尾スタートとなり予選2位のアロンソの前にはフェルスタッペンだけです。舞台は整いました。

レーススタート直前、タイヤウォーマーのブランケットを外した瞬間、フェルスタッペンとレッドブルは驚きました。グリッド上にはミディアムとハードタイヤを履いたマシンが混在していました。なにより最大のライバルになるだろうアロンソがハードタイヤを履いていました。フェルスタッペンはスタート時にリードを維持したいので、蹴り出しのいいミディアムを選択。一方、アロンソはスタートで前に出られないと考えハードタイヤで走り続けて、セーフティカーが出るタイミングでタイヤを交換して、フェルスタッペンを逆転するというのが彼らの作戦でした。

モナコはほとんど追い抜きが不可能なので、上位陣はステイアウトして後続のマシンがタイヤ交換を終えて、ギャップを十分に空けて、前を塞がれないようにしてからタイヤ交換するのが基本です。なので長距離を走る必要があります。ただ路面は一般道路でタイヤの摩耗も少ないので、タイヤは長い距離が走れます。

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ところが今年は路面が再舗装された影響で、例年以上にタイヤの摩耗が進みました。78周のレースでミディアムタイヤを装着したマシンのほうがタイヤが苦しくなり早いタイミングでタイヤ交換を余儀なくされます。

しかしながらフェルスタッペンはミディアムコンパウンドのタイヤで、予想以上のパフォーマンスを発揮しました。彼はトップなのでペースをコントロールできますし、クリーンエアで走れることもタイヤウェアにはポジティブです。

雨が降るまでは、淡々とした(ある意味退屈な)レース展開だったのですが、フェルスタッペンは、ミディアムコンパウンドのタイヤで、予想以上のパフォーマンスを発揮し、優勝争いを有利に進めました。アロンソは、フェルスタッペンとは逆の戦略をとるためハードタイヤで臨み、78周のレースではミディアムタイヤのパフォーマンスがハードより早く落ちると予想していました。

ただハードの左リアは若干グレイニングが出やすい状況でした。ミディアムはそこまで心配は必要ありません。なのでフェルスタッペンはグレイニングは出ましたが、そこを乗り越えるとコンスタントにタイヤ温度を維持することができました。

アロンソ側はフェルスタッペンに早くタイヤ交換しろと祈っていたでしょうし、フェルスタッペン側はアロンソより早くはタイヤ交換したくはありませんでした。またモナコは路面がスムーズなのでタイヤを温めるのに時間がかかります。実際、予選でソフトを履いていても2周めにならないとタイヤはグリップしませんでした。

ということはハードタイヤに履き替えるフェルスタッペンにとっては、さらにタイヤを暖めるために多くの周回が必要になります。もしフェルスタッペンが先にタイヤ交換した場合、タイヤが温まるまで数周が必要になり、その間前が空いたアロンソは全開アタック。数周してタイヤ交換しても前に出られるだけのギャップを築いてタイヤ交換すればオーバーカット完了です。

だからフェルスタッペンはどうしてもタイヤを先に交換するわけには行きませんでした。

レース後、アロンソはこの作戦を称賛しました。その結果レッドブルは守勢に回り、フェルスタッペンはミディアムコンパウンドでロングランを強いられました。

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スタート直後、ハードを履くアロンソがフェルスタッペンの横に並んで1コーナーに進入するのは難しく、無理をせず3位のオコンを抑えて2位をキープすることに専念しました。2位ではあれば優勝のチャンスはありますが、3位ではほぼノーチャンスです。そしてアストンマーティンのストラテジストは、燃料が軽くなったレース後半に柔らかいタイヤ(できればソフト)を使うという長期戦に出ることにしました。

モナコはストレートが短いため、DRSの効果はほとんど認められませんが、柔らかいミディアムを履くフェルスタッペンは最初の3周で1秒以上の差をつけ、アロンソの脅威に対抗。そこからペースを上げ、本格的な逃げ切りを始めます。ハードタイヤを履くアロンソはタイヤの温めに時間がかかり、10周目に入ると攻めるように指示を受けます。

アロンソは右フロントのパンクを心配していましたが、レースエンジニアが問題なしと回答。フェルスタッペンのリードはさらに広がり、揺るぎないものとなっていきます。20周目には8.5秒、その5周後には11.8秒の差をつけました。

しかしフェルスタッペンもタイヤに不安を感じていたようで、左フロントが「きれいじゃない」と言いながら、オープニングスティントを走り続けました。フェルスタッペンの目線の先には、周回遅れが見えるようになり、渋滞が発生しようとしていました。

幸運なことに、チームメイトのセルジオ・ペレスはフェルスタッペンを簡単にいかせましたが、トラフィックによって、まだバックマーカーに到達していなかったアロンソが接近することになりました。

アロンソが最後尾に追いついた時点でリードは5.6秒に縮まっていましたが、フェルスタッペンがトラフィックを抜けたことにより、今度はアロンソがバックマーカーをクリアする番となります。アロンソは、フェルスタッペンとの差を約9秒にとどめて、なんとか渋滞を突破しました。

しかし、レース中盤を過ぎたあたりから、それまで青空だった空に暗雲が立ち込めてきてレースエンジニアの頭の中には雨の可能性がチラつきます。雨はいつ降り出すかわからないため、まだタイヤ交換していないドライバーは、悪天候が路面に十分な影響を与えるまで、じっと我慢することになりました。フェルスタッペンとアロンソの2台の差は、9秒台で比較的安定していましたが、そんな50周目に雨が振り始めます。

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フェルスタッペンのエンジニア、ジャンピエロ・ランビアゼは「ターン6から8で雨が降る」とドライバーに伝え、ジョージ・ラッセルは「ターン3でポツポツきている」と言いました。この時点でコンディションが悪化してインターミディエイトに交換する必要があるかどうかは不明でしたが、雨脚の強さに誘われて、バックマーカーの何人かはインターミディエイトに交換することにしました。彼らは失うものはありません。

54周目、アロンソとチームの間で話し合いが行われ、サーキットは一部以外は十分に乾いていると判断し、アロンソは最初の作戦を続行することを主張しました。レース後、アロンソはあの時点ではこの作戦が正しい判断であったと語っています。

レース後、彼は「コースの99%は完全に乾いていた」と振り返った。「天気予報では小雨が降るということだったので、ドライタイヤに変えた」。後ろとの差があったから必要であればもう一度インターも履くことができる大きなマージンがありました。それが彼らをギャンブルに駆り立てた大きな要因だったでしょう。

「しかし、ターン5、6、7、8を通過する1分半の間に、状況は一変してしまった。これらのコーナーに入ったとき、とても濡れていたんだ……」

アロンソはドライタイヤを履いていて、雨が激しくなったので再びストップすることになりました。フェルスタッペンは大雨の中、次のラップでインターミディエイトに交換し、アロンソもそれに続き、1周遅れでミディアムからインターへ交換しました。アロンソとフェルスタッペンとの差は大きく開き、残り23周の間に大きな不運がなければ、フェルスタッペンの勝利の確率は高くなりました。

アストンマーティンの最初のピットコールが、アロンソがレッドブルの全勝を破る望みを絶ったという見方もできますが、それは事象を単純化しすぎているかもしれません。ミディアムタイヤのスティントを延長したフェルスタッペン自身の素晴らしい走りを過小評価することになります。結局のところ、アロンソが勝つには多少の幸運とギャンブルが必要でした。

アストンがあと1周我慢していれば、アロンソはフェルスタッペンと同じタイミングでストップし、現状を維持することができたかもしれません。しかしアストンマーチンのエンジニアたちは、アロンソのタイヤ温度が低下していることに気が付き、ハードタイヤでの走行が危険な状態になっていることを察知します。その結果、フェルスタッペンとの差は13.3秒にまで広がっていました。

アストンマーティンのピットウォールでは、1周前にインターミディエイトタイヤを装着するとアロンソは、小雨が降り続ける程度であれば、ポジションを落とす可能性があると予想していました。確かにインターミディエイトタイヤは、乾いた路面では溝が摩耗してスリックタイヤのようになりますが、それは多くのマシンが同じコンパウンドを履いている場合にのみ有効であり、ライバルがドライタイヤで走り続ければ、順位を維持することは難しくなります。これは、チームにとって取るべき必要のないリスクだと考えました。

アストンマーティンのチーム代表であるマイク・クラックは、「モナコの気温が高かったので、雨が止むとサーキットはすぐに乾くのでは」と予想していました。

「正直なところ、すぐに乾くと思ったので、ミディアムで最後まで行けると思ってました」とクラックは付け加えました。「でも、雨が降っていることを少し見誤ってしまったんだ。それに、このエリア(ピット周辺)は一番雨が少なかったんだ。だからドライ路面では、インターが大きく摩耗すると思っていた」

「結局、ミディアムで走ることにしたんだ。そして1周後には、それがうまくいかないことがわかった」

フェルスタッペンとアロンソがストップを終えてアウトラップを走った時点で、2人の差は約23秒に達していました。しかし、この差はすぐに縮まり、その後の5周で5秒近くも縮まり視聴者には、アロンソが復活するのではないかという期待が高まっていました。

しかしそうはならず、単純にフェルスタッペンが複雑なコンディションの中でリスクを冒さないようにしただけでした。アロンソがインターミディエイトタイヤを温めている間、フェルスタッペンは数秒与える余裕がありました。

モナコGP コースレイアウト

しかし、フェルスタッペンは周回遅れのランド・ノリスに追いつかれたことで、「もう少しペースを上げたい」と思うようになったと言います。リスクとリターンのバランスを取ることが重要で、フェルスタッペンは何度かピンチを迎えたもののペースを上げることができました。

「大きなリードがあったから、ライバルに比べて同じペース、あるいはもっと速いペースで走ろうとして壁にぶつかるようなリスクは冒したくなかった。少し慎重にならざるを得ない。リスクを冒し過ぎないようにすることと同時に、もちろん、ゆっくり走り過ぎないようにすることも必要だよね」

「ランドが後ろに来たときが一つのポイントで、『もう少しスピードアップする必要があるな』って思ったんだ。でも、そうだね、快適な状況ではないし、ウェットコンディションで走るにはそんな感じなんだ。ステアリングでセッティングも少し変えて、より良いバランスになるようにして、それは確実に助けになったよ」

しかしながらフェルスタッペンは、路面が滑りやすくなったことでポルティエのバリアにクルマをぶつけていたかもしれない瞬間がありました。フェルスタッペンは後で、数カ所でウォールに軽く接触したことを認め、最もウェットなコンディションのときにタイヤの温度を保つために、ドライビングを緩めるのではなく、むしろ引き締めることを意識したと説明しました。

タイヤ交換直後は2台の差は縮まりましたがその後、フェルスタッペンは再びプッシュを続け、20秒前後のギャップを確保しました。その後、15周ほどで雨は止み、ドライラインができ始めると、フェルスタッペンはさらにペースを上げ、アロンソが対応できないほどの速さを見せました。アロンソは、もう勝利のチャンスはないと認識し、マシンをフィニッシュさせることを優先しペースダウン。2人の差は約28秒まで広がりました。

フェルスタッペンのドライビングは、コンディションが変化するなかで、ウォールを接触するようなアクシデントを除いては、絶妙なものでした。最終的にいつもと変わらない結果に終わったモナコGPでしたが、もしドライコンディションのままだったら、ほとんど盛り上がらずに終わっていたかもしれないレースに、雨が降ってきたことは歓迎すべきことでした。レッドブルで39勝目を挙げたフェルスタッペンは、チームに在籍していた4度のチャンピオン、セバスチャン・ベッテルの記録を上回りました。

2023年のタイトル争いを期待していた人々は、悪天候とアロンソのチャージという2つの要素に望みを託していました。しかし、モナコGPでは、どちらの要素もフェルスタッペンに深刻な脅威を与えることはできませんでした。もしこれらの要素がフェルスタッペンを止められないとしたら、彼を止める障害は他に何かあるのでしょうか?