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ハミルトンが逃した勝利へのターニングポイント USGP観戦記

 
▽フェラーリ復活の驚くべき理由
キミ ライコネンが5年ぶり、そしてフェラーリ移籍後はじめて勝利した。
 
ここまでフェラーリ移籍してきて、作戦面でもベッテル優先で不利なタイヤ交換を強いられてきたことも多かったライコネン。今年に入り好調を取り戻してきたが、勝利には手が届いていなかった。そのキミがなぜ勝てたのかを振り返ってみよう。
 
予選でのフェラーリは好調だった。ポールポジションこそハミルトンに奪われたが、予選はベッテル2位、ライコネン3位でハミルトンとの差も僅差だった。
 
フェラーリ復活なのだが、その理由が面白い。彼らはここ数戦投入してきたアップデートパーツを元に戻したのだ。何のためのアップデートだったのかと思ってしまうが、これは事実である。
 
つまり彼らはここ数戦前進していないだけでなく、後退していたというのである。アップデートパーツが効果ないという話は聞いたことはあるが、効果のないアップデートパーツを使うという話はあまり聞いたことはない。
 
つまりフェラーリはアップデートパーツの効果があるかないかの判断ができていなかったということである。ちなみにフェラーリはこのレースに持ち込んだフロアとパージボードを懸命にも使わないことにした。金曜日フリー走行が雨で効果を判定できなかったからである。
 
というわけで嘘のような話だが、ここ数戦の不振が嘘のようにフェラーリはスピードを取り戻した。
 
これが予選までの状況である。ではレースを振り返ってみよう。
 
レース前の予想はワンストップだったのだが、金曜日フリー走行が雨だったためにタイヤのライフに関しては不明な点が多かった。土曜日は曇りで日曜日は晴天。しかもピレリは日曜日の朝になってタイヤの内圧をあげるように指示してきた。
 
もちろんこれはタイヤの安全性を考えての指示ではある。土曜日のタイヤの状況を判断して、タイヤへの負荷が大きいと考えたのである。当然これはレースに大きな影響を与える。実際、ペースが上がらず5位に終わったボッタスは予選とは全くフィーリングが変わったと述べている。
 
 
さらにメルセデスには不利な状況があった。シンガポールから投入したホイールリムに対してフェラーリが疑義を呈したのである。つまりフェラーリはこれは違法ではないかと考え、FIAに合法性を問い合わせた。FIAの回答は問題なしだったが、実はレース後のマシンに対する違法合法性を判断するのはFIAではなくレースディレクターである。
 
そのためメルセデスはレース後に万が一失格になる事を避けるために以前のホイールリムに戻した。このホイールリムはシンガポールでタイヤ温度管理に絶大な効果を発揮していたメルセデスの秘密兵器ともいえるパーツだった。それを封じられたメルセデスはタイヤ管理に苦しむことになる。
 
金曜日雨、土曜日曇り、日曜日晴れで、ある程度のタイヤ予想はできても、実際はレース中に判断するしかない状況だった。メルセデスは予選Q2でスーパーソフトを履いてベストタイムを記録したので、これがスタートタイヤになる。
 
一方の予選3位でベッテルのペナルティによりフロントロウからスタートしたライコネンは通常通りピレリが持ち込んだ中では1番軟らかいウルトラソフトでベストタイムをマークした。当然スタートダッシュはライコネンが有利である。
 
スタート直後の蹴り出しはほぼ同じだったが、そこからの加速はライコネンが優った。ハミルトンがライコネンを牽制するために左にハンドルを切ったことも、抵抗を増やし加速に影響した。グリップに勝るウルトラソフトを履くライコネンがトップにたった。
 
そして勝負の山場は早くも9周目に訪れた。リカルドが電気系のトラブルでストップしてVSCが登場した。ただワンストップ勢はここで入るのは早すぎる。
 
だがメルセデスは今回も攻めた作戦を取る。ハミルトンにライコネンとは逆の行動を要求した。つまりライコネンがピットインすればステイアウトし、ステイアウトすればピットインしろと言ったのだ。
 
ライコネンはここでは入らず、ハミルトンはタイヤ交換に向かいソフトに替えた。これでハミルトンはツーストップが確実となった。これでハミルトンは苦しい戦いとなるかと思われたがライコネンのタイヤも厳しく、新しいソフトを履くハミルトンが差を詰めてくる。
 
そして瞬く間ハミルトンはライコネンの2秒後方に追いついてきた。これで二人はもう一回ずつタイヤ交換するので、条件は同じである。だがタイヤ交換の時期は当然ライコネンが先なわけで、ハミルトンはタイヤ交換した後でライコネンより若いタイヤを履いてアタックできることになる。これはハミルトンが有利である。
 
 
そしてライコネンはタイヤが厳しくなり21周目にタイヤ交換する。ハミルトンとの差は18秒。ハミルトンはタイヤ交換したらライコネンの2秒後方で戻れる。交換後のタイヤがライコネンより若いことを考えれば悪くない状況だ。
 
だがメルセデスはなかなかハミルトンをタイヤ交換に戻さない。この時メルセデスはVSCかSCが入る時を待っていた。そうすればライコネンの後ろではなく前で戻れることになるからだ。だがメルセデスがタイヤ交換を躊躇うもう一つの理由があった。
 
それは金曜日雨でロングランテストができなかったこと、日曜日の朝にタイヤ空気圧を上げるように指示されて、タイヤの寿命が予想できなくなってこと、ホイールリムを旧型に戻しことによりタイヤの温度管理に苦しんでいたこと、そして日曜日が晴れて路面温度が上がっていたことが複雑に絡み合い、メルセデスはできるだけハミルトンのタイヤ交換時期を後ろに延ばしたかった。
 
その証拠にその後、ハミルトンの前に周回遅れのマシンがいることがわかっていながら、彼らはタイヤ交換せずにそのまま走らせ続けた。そしてハミルトンは数周で18秒ほどあったライコネンとの差を10秒程度にまで減らしてしまった。
 
ただこのメルセデスの判断を責めることはできない。彼らはここで早めにタイヤ交換し、最後までタイヤが持たずに、順位を大きく落とすことを危惧していた。だから彼らは優勝を目指すよりも確実にベッテルの前でフィニッシュすることを選択したのである。
 
結果的にハミルトンが2回目のタイヤ交換をし、ライコネンの10秒ほど後ろで戻り、再びライコネンの後方に近づいたときにはすでにハミルトンのタイヤは厳しい状況だった。
 
ブレーキに違和感のあったフェルスタッペンがブレーキをミスした際に、ハミルトンはオーバーテイクを仕掛けたが、ここでも彼は冷静だった。相手がフェルスタッペンということもあり、無理に飛び込むことはしなかった。結果的にフェルスタッペンを抜くことができなかったが、今のハミルトンにとってベッテルの前でフィニッシュすることが最重要である事を理解してクルマを走らせていた。成熟したハミルトンを感じさせるレースだった。レースはライコネンが勝利したが、ハミルトンもまた勝利したと言える。
 
ハミルトンとメルセデスが保守的な作戦を選択したことに助けられたは間違いないが、それでもこの日のライコネンの走りは見事だった。
 
いつもレース中でペースが落ちることがあるのだが、この日はコンスタントなペースで走れていた。しかもライコネン一流の走りでタイヤの状況はトップ3の中では一番良かった。これはトップを走っていたことも大きな理由だが、この日のライコネンの走りは見事としか言いようがなかった。
 
一方のベッテルは今回も接触して順位を落としてしまった。この接触も元はといえば、金曜日の赤旗中断中に不必要な加速をしたとして3グリッドダウンのペナルティをもらったことが遠因である。これはピット側もすぐにベッテルに伝えなかったので、彼だけの責任とは言えないが大きな問題になったことは間違いない。
 
そしてオープニングラップでリカルドとの接触。多く順位を落としながら4位になれたのは、今回のフェラーリがどれほどのペースがあったのかを証明している。つまりベッテルがペナルティなくスタートしていれば勝っていたのは、ベッテルだった可能性もあるのである。
 
 
▽9位入賞 トロロッソ・ホンダ
9位に入賞したものの、あまり喜べないレースとなった。予選は調子が良かったが、今の新しいスペックのPUがシーズン最後まで持たないと判断し、比較的オーバーテイクが容易なアメリカGPでペナルティ覚悟で2台ともPU交換を実施した。
 
最新のホンダPUはレースモードでのパワーもルノーを上回っていると噂されており、ギアチェンジ時の共振の問題もほぼ解決された。
 
ただレースではガスリーがオープニングラップでS字で接触したマシンを避ける際に縁石でフロアをヒット。フロアにダメージを負ってしまい、ダウンフォースを大きく失ってしまいペースが上がらず14位にフィニッシュ(その後、ライバルの失格もあり12位)。
 
最後尾スタートのハートレーも前をゆくマシンを抜けずに11位でフィニッシュした。ただオコンとマグヌッセンが失格になったので9位に繰り上がっただけである。
 
マシンのスピードはあるのだが、それがレース結果に表れないのがもどかしい。ただこの日は最後尾からペナルティ絡みとはいえ、入賞できたのだからよしとしなければならないのだろう。