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ハミルトンの勝利を呼び寄せた攻撃的な判断 Rd.1 バーレーンGP観戦記

テストから好調を維持して、すべてのフリー走行でトップタイムを記録し予選でもメルセデスを0.39秒も離してポールポジションを獲得したフェルスタッペン。スタートでも首位をキープし、優勝に死角なしと思われました。ところが終わってみればいつものようにハミルトンとメルセデスが勝利しました。なぜこのようなことが起こってしまったのでしょうか。振り返って見ましょう。

勝てるはずのないレースを勝ったハミルトン

▽魔術ではないハミルトンの勝利
過去7年間F1を独占していたメルセデスでしたが、それでも開幕戦でのハミルトンの勝利には驚きを禁じ得ませんでした。プレシーズンテストではレッドブルに負けていたメルセデス。レースウィークエンドが始まってからもフェルスタッペンには敵いませんでした。予選でも0.4秒近い差をつけられて予選2位。スタートでもフェルスタッペンを抜くことはできませんでした。それでもハミルトンとメルセデスは諦めませんでした。そして彼らの攻撃的な判断がまさかの勝利を呼び込むことになります。

まずレッドブルとメルセデスは言われているほどパフォーマンスには差がなかったと思います。予選では確かに大差がつきましたが、最後のアタックラップのターン10でハミルトンがミスをしているからです。ターン10はバックストレートへの立ち上がりなので、ここでミスをして速度を落とすとその後のバックストレートでの速度が伸びずタイムを大きくロスします。ハミルトンはセクター2だけで0.3秒もタイムを失っています。ということはセクター1とセクター3では、ハミルトンはフェルスタッペンとほぼ同じペースで走れていました。これは最後にデプロイの切れたハミルトンにしてはなかなかのタイムです。

実際、ハミルトンはレース序盤ほぼ同じ燃料搭載量で、同じミディアムを履いた状態でマックスに大きく離されてはいませんでした。

ただメルセデスに弱点がないわけではありません。メルセデスはテストでも出ていたようにマシンのバランスが悪く、突然オーバーステアがでる悪い癖を完全に修正することはできていませんでした。彼のミスは低速のターン10の立ち上がりでオーバーステアが出やすい場所です。ただしテストの時よりははるかにマイルドになってきているので、メルセデスがこの課題を克服する日も近いでしょう。

予選での差は純粋なマシンのパフォーマンスギャップではなかったと思います。だから予選でハミルトンを圧倒したフェルスタッペンが、なんで負けたんだとは思わないで下さい。2台の差は思われているほど大きくはないと思います。

スタートでリードするフェルスタッペンだが、このあとタイヤ交換の判断で明暗が分かれる

▽攻撃的なタイヤ交換のタイミング
そしてレースが始まります。スタートからフェルスタッペンがリードをしながらも、ハミルトンも離れずについていきます。二人の差はなかなか広がりません。最大で1.8秒差から広がりません。なんとかDRSゾーンは脱していましたが、あまり接近しすぎてもタイヤを痛めることをハミルトンは理解していたので、そこは想定の範囲だったでしょう。そして2秒差以内であればアンダーカットができるとメルセデスは考えていました。

バーレーンはタイヤに厳しいサーキットです。だから基本的にアンダーカットはあっても、オーバーカットはありません。タイヤの落ちが激しいので、長く走ってもタイムロスが大きくアンダーカットしたマシンに負けてしまいます。ただ当然ながら早くタイヤ交換するとレースの最後にタイヤが厳しくなります。そこが悩みどころです。

ところが今回もメルセデスが早く仕掛けてきました。13周目にハミルトンがタイヤ交換します。これは予想より5周も早いタイヤ交換でした。ここで当然、次のラップでフェルスタッペンをタイヤ交換させると思われましたが、レッドブルの判断はステイアウト。次のラップでタイヤ交換させてもフェルスタッペンはハミルトンの後ろで戻ると考えたレッドブルは(実際フェルスタッペンが翌週戻ってきた時のハミルトンとの差は22.5秒、トップで戻るには0.5秒足りませんでした)、スタイアウトさせレース交換に勝負をかける判断をしました。ここが最初の勝負の分かれ目になりました。

だからこの時点で、なぜレッドブルはタイヤ交換させなかったんだとは思わないで下さい。どちらかというとレッドブルはタイヤ交換できなかったというのがより真実に近いと思います。

ここにはもう一つの要因もありました。この時メルセデスは新品のハードを2セット持っていて、フェルスタッペンはミディアムの新品が1セット、新品のハードが1セットという持ちタイヤでした。つまりハミルトンは早めにタイヤ交換しても長い距離が走れるハードを2セット持っていたことが早い仕掛けにつながりました。フェルスタッペンは早くタイヤ交換するとなると、ミディアムで長い距離を走らなければなりません。実際、ミディアムは最初の数周はハードよりタイムが良いのですが、当然タイムの落ちも早く、崖が来るのもハードより早いので、フェルスタッペンはタイヤ交換したくてもできなかったというのが現実でしょう。

さらにハミルトンをタイヤ交換させるタイミングをメルセデスは待っていました。何を待っていたかというと中団グループのマシンがタイヤ交換するのをです。トップ3の後ろを走るマクラーレンやフェラーリはソフトタイヤでスタートしています。当然、ミディアム勢より早くタイヤ交換しなければなりません。もし彼らがタイヤ交換する前にハミルトンがタイヤ交換してしまうと、彼らの集団の中に戻らなければなりません。そうすると新品のハードを履いていたとしても、フェルスタッペンをアンダーカットをすることは難しくなります。つまりメルセデスは後方のマシンがタイヤ交換するのを待って、タイヤ交換を仕掛けたのです。

さらにもう一つの要因もレッドブルの判断に影響を与えていました。早めにミディアムに履き替えると、フェルスタッペンの後ろを走るボッタスはステイアウトしていたので、最悪ボッタスにも抜かれる危惧がありました。

フェルスタッペンのチームメイトになったペレスは、予選Q2をミディアムでアタックしましたが、Q3進出に失敗。しかもフォーメーションラップ中にいきなり電気が全断していまい、コース上にストップ。幸いシステムを再起動してマシンは走り始めましたが、ピットスタートとなりました。その為ペレスはこのトップ争いには絡めていなくて、昨年同様メルセデス二台とフェルスタッペン一台で競争しなければいけない状況になっていて、レッドブルの判断に影響を与えていました。

良い仕事をしたホンダだったが、勝利には僅かに届かず

▽さらに攻撃的な2度目のタイヤ交換
フェルスタッペンは17周にタイヤ交換をしてハミルトンを追いかけます。新品のミディアムを履いたフェルスタッペンのペースは当然ハミルトンよりも速く、差をドンドン詰めてきます。ところがここでまたもメルセデスが驚きの判断をします。なんと28周目にハミルトンに2度目のタイヤ交換を指示します。これは2ストッパーの中では一番早いタイミングのタイヤ交換でした。残り28周、つまりレースの半分をハードタイヤを履くとはいえ走りきろうという驚きの作戦です。

実はハミルトンは第2スティントの最初にフェルスタッペンをアンダーカットするためにプッシュしたのでタイムが落ちてきていました。このまま走り続けてフェルスタッペンに追いつかれたら、ディフェンスするのは難しかったと思います。しかもフェルスタッペンがアンダーカットを狙ったらハミルトンに防ぐ手立てはなかったでしょう。つまりメルセデスはフェルスタッペンにアンダーカットされる前にタイヤ交換しようと考えたのです。

ここまではメルセデスの素晴らしい判断でハミルトンはレースをリードします。そしてこれから28周はハミルトンの実力が遺憾なく発揮されました。厳しくなるタイヤを持たせながら一定の速いペースを維持するその実力は昨年も対ボッタスで何度も発揮されていました。

そんなハミルトンでも11周も若いハードタイヤを履くフェルスタッペンを抑え込むのは容易ではありません。タイムを落とせばタイヤは持ちますが、フェルスタッペンに追いつかれてしまいます。かといって速く走ったりミスすればタイヤを痛めて、簡単にフェルスタッペンに抜かれてしまいます。

本当に悔しい2位に終わったフェルスタッペン。この写真からはレッドブルのハイレーキがよくわかります

▽力尽きたフェルスタッペン
そしてフェルスタッペンは50周でハミルトンに追いつきます。そして53周目のターン4でフェルスタッペンが仕掛けます。ただしハミルトンも全力を振り絞ってディフェンスします。この時ハミルトンのタイヤはかなり厳しい状態でした。他のドライバーならほんの少し早めにブレーキングしてもおかしくありませんし、タイヤをロックさせるドライバーいるでしょう。そうすればフェルスタッペンは簡単にパスできたと思います。

ところがここでもハミルトンはギリギリまで我慢しながらもロックさせない絶妙のブレーキングでフェルスタッペンにギリギリの走りを強いました。そのためフェルスタッペンはターン4の立ち上がりでトラックリミットをはみ出してしまいます。そのため一度はハミルトンを抜いたフェルスタッペンはそのすぐあとにハミルトンを前に行かせました。そして最後の勝負を挑もうとしていました。

ただフェルスタッペンもまた問題を抱えていました。ハミルトンの後ろを走ることによりタイヤを痛めていたのです。そのために最後の勝負を挑むチャンスは来ませんでした。

こうしてフェルスタッペンが勝つレースを、ハミルトンが勝ちました。このレースはレッドブルのマシンがメルセデスを(少しですが)上回っていました。ポールポジションからスタートし第一スティントもリードしていました。それでも勝てなかったフェルスタッペンとレッドブル。

確かにフェルスタッペンが言うように、昨年の開幕戦よりはポジティブだと思います。ただこのレースでPUの性能で負けていたメルセデスは、もう原因を突き止めて次のレースには改善すると見られます。今はまだアドバンテージのあるレッドブル・ホンダですが、この強さがいつまでも続くとは限りません。この観戦記の最初で述べたようにレッドブルとメルセデスとの差は思われているほど、大きくはありません。そうなるとレッドブルは序盤戦の有利なレースをいかに勝つのかがチャンピオン争いで重要な役割を演じそうです。

角田選手、出陣!

▽予想通りの角田の活躍
角田がデビューレースで9位入賞を果たしました。これはとても素晴らしい結果です。ただ驚きはしませんでした。彼ならこれくらいはできると思っていたからです。結果以上に感心したのはレース中に見せたオーバーテイクです。F1公式動画のオーバーテイクトップ10に入る見事な追い抜きです。特に最後のラップに見せたストロールに対するオーバーテイクは見事でしたね。タイヤもかなり厳しい状態であり、10位を走っているのですから、リスクを冒さずにそのままの順位でフィニッシュしても大絶賛だったでしょう。ところが危なげなくストロールを抜いていく角田を見るととてもデビューレースとは思えません。日本人ということを除いても素晴らしい能力を持つドライバーである事がわかります。

もちろんまだ課題もあります。予選Q2でミディアムを履いてアタックしたのですが、ガスリーほどうまくタイヤを使えずにQ3にいけるポテンシャルはあったのにQ2で脱落したのは残念でいた。オープニングラップでも本人も言うようにコンサバに行き過ぎて順位を失いました。でもこれが彼のデビューレースですから、失敗もあっていいと思います。

ここから成長して行けば、その先には大きな可能性が見えてきますから。
ハッキリ言うと来年、レッドブルにいける可能性も大きいと思っています。