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計算されたハミルトンの逆転勝利

2019年のハンガリーGPを思い出させるハミルトンの作戦変更からの逆転勝利。ただ今回は前回とは少し背景が異なるレースとなりました。一見、メルセデスのギャンブルが成功したレースに見えますが、実はそうではありません。レース前から綿密に考えられた作戦とレース中の的確な判断がそこにはありました。それでは予選から振り返って見ましょう。

作戦以上の走りで勝利したハミルトン

今回はいつもと違い予選Q2で全てのドライバーがソフトでタイムを記録して、Q3へ進出しました。この理由としてスペインGPでは、気温が低くハードタイヤがうまく動作せず、レースで使えるタイヤがソフトとミディアムだったことがあります。そしてスタートからターン1までの距離があるので、ソフトとミディアムだと、スタートしてからターン1まで車体一車身ほどの差が出ることが、スタートタイヤにソフトタイヤを選ばせました。どちらにせよレース中でソフトとミディアムをはかなければいけないわけですから、それならスタートで有利なソフトを最初に履いてしまおうと判断したんですね。このスペインGPの場所であるカタルーニャサーキットは追い抜きが極めて難しいサーキットですから、スタートで順位を失うことは致命的になりかねません。そして実際、ボッタスはそうなりました。

スタートの蹴り出し自体はハミルトンとフェルスタッペンはほぼ同じでしたが、そのあとの加速でハミルトンは少しだけホイールスピンが大きかったようです。フェルスタッペンはターン1の時点でハミルトンに並びながら、イン側に飛び込みます。通常ハミルトンはスタート後にイン側に移動してフェルスタッペンを牽制するはずなのですが、この時はハミルトンがイン側に動くと、フェルスタッペンにスリップを使わせてしまい、3位スタートのボッタスがフェルスタッペンを抜くのが難しくなることもあり、ハミルトンはチームの指示に従いアウト側をキープしました。

ただ予想よりもいいスタートをしたフェルスタッペンにイン側に飛び込まれたハミルトンは、今回は無理をしませんでした。本人曰く「長いレースなので、最初から無理をする必要はない」と考えたそうです。これはイモラでギリギリまで我慢してフェルスタッペンと接触し、フロントウィングを破損したことを教訓にしているのだと思います。ただここでハミルトンがアクセルを少し戻したので、その後ろにいたボッタスが接触を避けるために減速します。そこを後ろからきたルクレールに一気に抜かれて4位に落ちてボッタスが優勝争いに絡むことは難しくなりました。ボッタスは少し不運でしたね。

チームプレーに徹したハミルトンのインに飛び込みトップに立つフェルスタッペン

このあとはフェルスタッペンとハミルトンの一進一退の攻防が続きます。やはりDRSがあったとしてもコース上で抜くのは難しい。となると問題になるのはいつタイヤ交換をするのかと言うことです。レーススタート前はほとんどのチームが1ストップでいく予定でした。通常、このサーキットは路面も粗いですし、高速の回り込むコーナーも多いのでタイヤに厳しく例年ならツーストップが普通の作戦でした。だが今年はタイヤを耐久性の高い構造に変更したので、机上ではワンストップでもいける計算でした。ただあくまで事前のシミュレーションの話であって、実際はそうではありませんでした。予想以上にタイヤに厳しくほとんどのドライバーが2ストップに切り替えています。

タイヤに厳しいサーキットなので、古いタイヤで長く走るとタイムが落ちるのでオーバーカットはありません。抜くのならば先にタイヤ交換してアンダーカットを狙うしかありません。

20周目まではハミルトンをDRS圏外に置いていたフェルスタッペンでしたが、その後急速にタイヤの状況が悪くなります。そしてトップを走るフェルスタッペンが24周目にタイヤ交換に入ります。ただこのタイヤ交換は予定通りではありませんでした。フェルスタッペンとピット側のミスコミュニケーションでフェルスタッペンが勘違いでして、チームの予想より1周早くピットインしてきました。ミディアムタイヤの準備が遅れたレッドブルは通常よりも2秒も遅いタイヤ交換となりました。アウトラップでペースを上げたフェルスタッペンはなんとかハミルトンのオーバーカットを防ぐことが出来ました。しかしここで想定以上に速く走ったことでタイヤを痛めてしまいます。

スタートでリードしながらも、勝てなかったフェルスタッペン

これでハミルトンはアンダーカットが出来なくなりました。なので本来ならハミルトンも次の周にタイヤ交換するはずなのですが、ここはステイアウトして4周後の28周目にタイヤ交換(新品ミディアム)をします。このタイヤ交換を先延ばしことによりフェルスタッペンとの差が5.6秒に開いたハミルトンですが、この日のメルセデスはレッドブルよりも速くあっという間に追いつきました。ハミルトンのピットストップウィンドウ内にいたルクレールが同じラップでタイヤ交換したこともハミルトンには有利に働きました。そして33周目、ハミルトンは1秒差までにギャップを戻します。しかしやはり抜くことはできません。

ここでメルセデスが思い切った作戦に出ます。42周目にハミルトンをタイヤ交換させたのです。 ピットに入る前の2台の差は約1秒でした。だからこの時点で次の周にフェルスタッペンがタイヤ交換に入ったとしても、ハミルトンに抜かれるのは間違いなかったでしょう。つまりフェルスタッペンはタイヤ交換をしなかったのではなく、タイヤ交換したくても出来なかったと考えた方が良いでしょう。

しかもこのレースの開始前にレッドブルはミディアムを1セット(新品)しか持っていなかったのですが、メルセデスは2セットのミディアム(1セット新品、1セット中古)を持っていました。つまりレッドブルはワンストップレースを決めうちしていたのですが、メルセデスは2ストップになっても大丈夫なようにミディアムを2セット温存していたのですね。

レース序盤、ハミルトンをリードするフェルスタッペン

この時点でフェルスタッペンがタイヤ交換するとなるとソフトタイヤの一択でした。他にはハードタイヤを1セット持っていましたが、このサーキットではハードは全くあわず、ほとんどのチームがフリー走行でハードでのロングランをしていませんでしたし、この週末の気温が低くハードを動作させるのはかなり難しく、実際ただの1回もレースではハードタイヤは使われていません。今回のハードは捨てタイヤでした。

しかもフェルスタッペンが先にタイヤ交換するとなると、ハミルトンに首位を譲ることになります。抜けないこのサーキットでは基本トラック上のポジションが重要です。となるとフェルスタッペンが先にタイヤ交換を決断するのはかなり困難だったことがわかると思います。しかも適当な履くタイヤもありません。

一方のハミルトンは2位を走っています。ここでタイヤ交換をしても2位はほぼ確実で、うまく行けば優勝も狙えます。となればチャレンジしない手はありません。この時もペレスがハミルトンのピットストップウィンドウ内にいれば、ハミルトンはここでタイヤ交換することは難しかったでしょう。しかしペレスはまたも優勝争いからは遠い位置でレースをしていました。また4位を走るルクレールもハミルトンのピットストップウィンドウ内にはいませんでした。いたのはチームメイトのボッタスだけです。

しかもメルセデスはこの2回目のタイヤ交換をただのギャンブルで仕掛けたわけではありません。レース中のタイヤのタレ具合が予想よりも厳しく、ワンストップのフェルスタッペンを2回目のタイヤ交換をしたハミルトンは最終ラップでは追いつけるとシミュレーションした結果の作戦変更でした。ただチームの予想は大きく外れました。ハミルトンはチームの予想よりも6周も早くフェルスタッペンに追いついたことはみなさんご存じですよね。そこはさすがのワールドチャンピオンです。もうタイヤがよれよれのフェルスタッペンはハミルトンに追いつかれると為す術もなく抜かれてしまいました。

タイヤが厳しいフェルスタッペンを抜くハミルトン

ここでまで見てきたように、ハミルトンの逆転勝利はただのギャンブルではありません。レース前からワンストップでもツーストップでもいけるように準備して、レース展開とタイヤのデグレを見ながら作戦を柔軟に変えるチームメルセデスが一体になって手に入れた勝利なのです。

今は予選ではレッドブルとメルセデスはほぼ同じ競争力です。ただレースになると少しメルセデスに優位性があります。レッドブルはタイヤへの熱入れが有利で、その分タイヤのデグレはメルセデスの方が優位な立場です。このレースもフェルスタッペンがハミルトンを3秒くらい引き離していれば、ハミルトンが2回目のタイヤ交換した時に反応できたと思います(タイヤがなかったのは置いといて)。ただその時にソフトしか履くタイヤがなかったので、それでも勝てたかどうかはわかりませんが、少なくとももう少し接戦に持ち込むことは出来たでしょう。

これでレッドブルが優勢で幕を開けた2021年シーズンですが開幕4戦が終わってハミルトンの3勝1敗という結果になりました。しかもメルセデスはここまで大きなアップデートを持ち込まないで、この結果ですから驚くほかありません。

次の公道サーキットのモナコではレッドブルは絶対に落とせないレースとなりそうです。