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ルクレールの悲運とホンダ29年ぶりの優勝 モナコGP観戦記

モナコ初優勝に向かって走るフェルスタッペン

昨年はコロナ感染拡大の影響で開催が中止になった伝統のモナコGPが2年ぶりに戻ってきました。レース自体は追い抜きもほとんどなく、いつものように盛り上がりには欠けましたが、それでもレースの裏側では多くの興味深いできごとがありました。地元ルクレールの幻のポールポジション獲得から、メルセデスの失速、フェルスタッペンのモナコ初優勝、ホンダの29年ぶりの勝利などの裏側を見ていきましょう。

▽ メルセデスの失速の理由
まず予選での驚きはルクレールのポールポジション獲得でしょう。ただフェラーリはこの週末を通じて常に調子が良かったので、ポールポジション獲得自体は大きな驚きではありません。それよりも一番の驚きはハミルトンが予選7位に沈んだことです。ご存じのようにモナコは抜けないサーキットです。つまり7位スタートと言うことは、勝利のチャンスはないと言うことです。これには土曜日に急激に路面温度が低下したことが関係しています。木曜日(モナコは金曜日が休みなので)50度近くあった路面温度は、土曜日には35度前後にまで低下しました。

そのためメルセデスは、ハミルトンのタイヤを適切な温度領域まで上げることができませんでした。この観戦記でも何度か述べているように、今年のメルセデスのマシンはタイヤに優しい特性を持っています。その分、ロングランのペースは速いのですが、タイヤの温度をアウトラップだけで温めるのが難しい特徴をもっています。さらにモナコは公道サーキットなので、路面表面がスムースでタイヤへの負荷が低いのです。ただモナコでは、これはメルセデスだけの問題ではありませんでした。フェルスタッペンはQ3最後のアタックで2周ウォームアップランを入れて最後のアタックをしました。そのせいで最後のアタックはルクレールの赤旗により中断させられました。

普通、メルセデスだとボッタスがタイヤのウォームアップに問題があり、ハミルトンは問題ないことが多かったのですが、今回は逆になったようです。本当に少しの差が大きなラップタイム差になって現れてきます。ターン1で0.1秒速く走れれば、ターン2までに少しタイヤが温まります。そうするとターン2でさらに速く走れて、更にタイヤが少し温まります。こうして1周する間に、タイヤ温度の大きな差になって表れてきます。メルセデスによると2台は大きなセットアップの差はなかったと述べています。特にモナコは公道サーキットなので、道も狭く、ガードレールがコースに隣接しています。だからマシンに自信を持てない状況だとさすがのハミルトンですら踏んでいけず、タイヤ温度を上げることが難しかったのです。

やることなすことうまくいかなかったハミルトン

ハミルトンはもう少しタイヤに負荷を与えるセッティング、つまりタイヤは温まりやすいが、デグラは大きいセッティングにしたかったらしいのですが、チーム側が極端なセットアップはレースで不利になるからといって却下したようです。ここモナコではメルセデスはタイヤへの負荷が大きかったようです。レース中もメルセデスの2台は他に比べてタイヤのデグラが大きい傾向にありました。だからこれ以上タイヤに負荷をかけるとレースペースに問題がでるし、タイヤ交換のウィンド期間を狭くしてしまうので、選択しなかったのでしょう。

ただモナコはトラック上のポジションが全てです。どんなに速くても7位スタートでは勝負になりません。しかもいいポジションさえキープしていれば、多少タイヤが滑り出しても、ペースを落とすことが出来ます。通常ならペースを落とせば抜かれる可能性もありますが、モナコでは多少遅くても抜くのは大きなリスクがあります。つまりメルセデスが単純に表彰台を狙うだけだったら、極端なセットアップを選択したかもしれませんが、(当たり前ですが)彼らは勝利を狙っているので、極端なセットアップを回避したのだと思います。

ハミルトンがタイヤ交換したタイミングで順位を失ったことで文句を言っていましたが、事実はこうです。モナコではタイヤのデグラが小さいので、本来ならばハミルトンもアンダーカットではなく、オーバーカットを仕掛けたかったのですが、この時後方からペレスがいいペースでハミルトンに迫っていました。前を走るガスリーはいつタイヤ交換に入るかメルセデスにはわかりません。モナコはタイヤに優しいサーキットなのでガスリーはその気になればまだ周回を重ねることが出来たでしょう。そうなるとハミルトンはペレスに追いつかれてタイヤ交換のタイミングで抜かれる恐れも出来てきます。

そこでメルセデスは思い切って、アンダーカットを狙うことにしました。ただこれは単純にギャンブルを仕掛けたわけでもありません。メルセデスによれば、ハミルトンがアンダーカットを仕掛ければガスリーの0.2秒前で戻れる計算でした。ところが結果はご存じの通り、僅か1車身ほどの差で、ガスリーの前で戻ることは出来ませんでした。ハードタイヤに履き替えたハミルトンはこの週末ずっと悩まされてきたウォームアップの悪さに影響されて、計算よりもほんの少しだけ遅くなり、ガスリーを抜くことは出来ませんでした。

その後、ハードタイヤに履き替えたガスリーもコース復帰直後はタイムが上がりません。だからガスリーに抑え込まれたハミルトンはオーバーカットを仕掛けたベッテルやペレスにも抜かれることになりました。

実際このレースではオーバーカットが有効でした。
下記は各ドライバーのタイヤ交換した周回数を表していますが、見事にタイヤ交換をあとにしたドライバーが順位を上げていることがわかります。
4位 ペレス 35周
5位 ベッテル 31周
6位 ガスリー 30周
7位 ハミルトン 29周

そしてタイヤのウォームアップには問題がなかったボッタスも、やはりレース中にタイヤがたれてきてフェルスタッペンについていくことができませんでした。どちらのセッティングにしてもハミルトンが勝つのは難しかったかもしれませんが、上位グリッドからスタート出来ていれば、悪くても表彰台を狙うことができたと後になってからは言えます。

まさかのタイヤ交換できずにリタイヤしたボッタス

ボッタスのリタイヤの原因は、右フロントタイヤが外れなかったからです。理由はホイールガンを真っ直ぐに押しつけることが出来ず、角度をつけて押しつけてしまった状態でガンを回転させてしまい、ナットの出っ張って引っかかる部分をなめてしまったようです。これはねじをドライバーで緩めるときに、ねじ山を潰してしまって外れなくなるのと同じ理屈です。ホイールナットには走行中、最大5Gもの力が働きます。それをたったひとるのナットで止めるわけですから、それを締めるトルクも強大なものになり、今回のようにナットの山を壊してしまうほどの力がかかっているのです。ただこれをすべてメカニックの責任にするのも違うと思います。ドライバーがほんの数センチでも止める位置がずれると、ガンマンはホイールガンの位置を修正しなければならず、タイヤ交換に時間がかかります。

ビデオを見ると右フロントのガンマンはタイヤ交換の時間を短縮しようと完全にマシンが止まる前にホイールガンをエンゲージさせようとしています。そして焦って角度が付いた状態でホイールガンを回しているようです。今年のメルセデスはレッドブルにタイヤ交換で差をつけられることが多いので、メカニックに少し焦りがあったのかもしれません。それにしてもタイヤが外れずにリタイヤとは、本当に長い間F1を観ているといろんなことがありますね。

ポールを目指して激走するルクレール

▽ルクレールはなぜスタート出来なかったのか
本来、このレースに勝つのはルクレールだったかもしれません。左のドライブシャフトハブのトラブルでスタートすらできませんでした。当初、フェラーリ代表のビノット氏はこれは予選のクラッシュの影響ではないと言っていますが、これは嘘ではないですが、正確ないい方でもないですね。確かに壁に直接ぶつかったのは右側なんですが、当然ドライブシャフトはギアボックスの中で右と左がギアを介してつながっているわけです。右側にインパクトがあれば、左側にも衝撃が伝わるのは誰にでもわかるでしょう。ただこれを完全な言い訳とも言えないのは、予選でクラッシュした場合、修復は許されるのですが、それはあくまでも壊れた部品のみと言う条件が付いています。なのでフェラーリは壊れた右側の部品は交換したが、左側には明確な損傷がなかったので交換しなかった。だからギアボックスを交換していても、同じトラブルが出たはずだというのは正しいと思います。

スタート出来なかったルクレールには同情はしますが、ただもとはといえば彼が予選でクラッシュしたことからの出来事です。ポールを狙って攻めすぎたのは彼なのです。クラッシュの原因はクルレールがフロントタイヤのグリップ感を間違えたからだと思います。細かく見ると彼はコーナーのエイペックスのかなり手前でガードレールで接触しています。ギリギリ攻めた結果接触した感じではありません。完全に彼のミスです。しかもライバルの最後のアタックを中断させる赤旗を出す原因となりましたから、単純にかわいそうとも思えません。

でも本当はルクレールに勝って欲しかったのも事実です。ハミルトンとフェルスタッペンしか勝てないとやはりシーズンはつまらないですよね。モナコで地元のルクレールとフェラーリが勝つと盛り上がるのも事実です。しかもこれ以降しばらくはフェラーリが勝てそうなサーキットはありません。つまり次(ハンガリーかシンガポールまで)は(しばらくは)ないのです。

スタートでボッタスを抑えてレースをリードするフェルスタッペン

▽モナコ初優勝のフェルスタッペン
ルクレールがいなくなったスタート前、優勝の最有力候補はフェルスタッペンになりました。ただフェルスタッペンも簡単に勝てたわけではありません。特にスタートは大問題でした。モナコではトラックポジションが重要なわけですが、ここでスタートの位置が問題となります。

ルクレールがいなくなったことで、ポールポジションの位置が空きました。これを知ったレッドブルのスポーティング ・ディレクターのジョナサン・ウィートリーがFIAのレーシングディレクターのマイケル・マシに、フェルスタッペンはポールの位置からスタート出来るのか確認しました。マシの答えはノーでした。すでに最終スタートグリッドが発表後でしたし、ルクレールがいなくなったのは、ピットレーンがオープンになってからです。つまり他のマシンはすでにグリッド上にいるわけです。この時点でグリッド位置を変えれば大混乱です。なのでルクレールはいないけど、グリッドの位置は変わらないままとなりました。ただ当然ですがモナコではイン側のグリッド上がレコードラインなので、グリップがあります。しかも公道サーキットなのでオフレコードラインのフェルスタッペンはかなり不利です。

そこでフェルスタッペンが取った作戦が、グリッドに付いたときに思い切り右側に向けて、スタート直後にボッタスのコースを塞ぐことでした。ハイライト動画を見ていただくとわかりますが、フェルスタッペンはスタート直後に無慈悲にも思いっきりボッタスの前に移動しています。この時、少しでも躊躇していたらボッタスの蹴り出しはかなり良かったので、順位を失っていたことでしょう。そうなるとレースがどうなったかは全く予想が付きません。

この後はボッタスの脱落などもあり、楽勝かとも思われましたがハードタイヤに履き替えて数周はサインツに差を詰められました。この時フェルスタッペンはチームメイトのペレスの後ろを走っていました。通常だったらペレスにマックスを抜かせてと命令が飛ぶところですが、この時ペレスはハミルトンをオーバーカットすべくプッシュしていたので、フェルスタッペンにペレスを抜くなという指示が出ていました。

さらにハードタイヤに履き替えたフェルスタッペンですが、ハードは温まりが悪く最初はタイムを出すのに苦労していました。しかもモナコはほんの少しのミスでも即クラッシュ、リタイヤの世界なので慎重に行って、行きすぎることはありません。サインツはその前にタイヤ交換すませていたので温度的には問題ない状態でした。ただその後はサインツのタイヤのデグラもあり、フェルスタッペンのタイヤが温まれば、差は広がっていきフェルスタッペンはモナコGPで初優勝となりました。ちなみに彼はモナコでは表彰台も初めてだったので、レース後マシンを止める場所がわからずに戸惑っていたのがおかしかったですね。バトンが優勝したときに間違えて場所に止めて、走って表彰台に向かっていたことを思い出しました。

今回はタイヤ温度の問題で失速したメルセデスですが、これからは暑いシーズンを迎えます。彼らがレースでレッドブルよりもタイヤに優しいのは変わっていません。そう考えるとこれでレッドブルが有利になったとも思えせん。今後のレースはメルセデスも巻き返すと思います。

入賞目指して走るもノーポイントが続く角田

▽不調の続く角田
開幕戦ではポイントを獲得した角田選手ですが、第2戦以降は苦戦が続いています。彼の話を聞くと、F1のステアリングについているスイッチ類に戸惑っているようですね。ご存じのようにF1のステアリングには多くのスイッチがついていて、マシンのセッティングを変えることができます。あるドライバーなどはコーナー入口と出口でデフの効き具合を変えていたりします。そうすることにより100分の1秒でもタイムを稼ごうとしているんですね。

角田選手もテスト当初はアクセルと緩めてスイッチを見ながらでないと操作できなかったらしいですが、今は見ないでも操作できるようにはなっているようです。ただコーナー入口と出口で設定を変えることはできていないようです。どの設定をどう変えればマシンの挙動がどうなるのかを直感で理解するには長い時間が必要です。

彼は恐らく一つの時に一つのことしか出来ないタイプなのでしょう。これは個人個人の特徴です。一度に複数のことをするのを得意とする人もいますし、苦手にする人もいます。だから学習しながら時間をかけて身につけていくしかないと思います。

またF1はF2などど比べるとマシンも大きいですし、スピードも速く、タイヤグリップも大きくなります。するとほんの少しのミスが大きなタイムロスやクラッシュにつながります。またタイヤ温度の管理もより厳密にしないと、マシンの実力を発揮させることが出来ません。それはモナコのハミルトンを見ればよくわかります。つまり今のF1ドライバーは昔と違い、ただマシンに乗って速く走ればいいというのではなく、どうやったら速く走れるのか学習して、それをレース中に実行できる頭のいいドライバーでなければ、トップクラスではやっていけません。

少なくとも今シーズンの前半に関しては、もう少し温かい目で見守ってあげる必要がありそうです。