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驚天動地、まさかまさかの大波乱 アゼルバイジャンGP観戦記

フェラーリのルクレールの二戦連続ポールポジションから始まり、フェルスタッペン楽勝からのタイヤバースト。そしてハミルトン逆転優勝からのポイント圏外からのペレスの優勝、ベッテルのアストンマーチン初表彰台と波乱万丈だったアゼルバイジャンGPを振り返ってみましょう。

レッドブル移籍後初優勝、自身キャリア2勝目を記録した メキシコ人ドライバー ペレス

▽タイヤバーストの原因はなにか?
今回のレースで一番の興味はフェルスタッペンとストロールのタイヤバーストの原因が何かというところでしょう。ピレリはマシンの破片を拾ったのが原因ではないかと話していて、フェルスタッペンはそれに対して懐疑的です。実際のところはどうなのでしょうか。

私は今回はピレリの言い分が正しいのではないかと思っています。まず最初にピレリは今年構造を強化したタイヤを持ち込んでいます。そしてバクサーキットはタイヤに厳しいコーナーも少ないですし、路面もスムーズで、タイヤを暖めるのに苦労するほどです。つまりここはタイヤに優しいサーキットです。

そして通常、タイヤに異常があって壊れる場合はバイブレーションや空気圧の低下等の前兆現象があります。今回、ストロールにもフェルスタッペンにもそれは見られませんでした。突然、バーストしたわけです。

そう考えるとタイヤの摩耗や構造が壊れてバーストしたというよりも、タイヤが破片を拾ってバーストしたと考えるほうが理にかなっています。

今回も議論を巻き起こしたピレリタイヤ

もしタイヤの構造が壊れるのであれば、このサーキットよりスペインのほうがタイヤへの負荷は大きいので、スペインGPで何らかの前兆が見られたと思うんです。また摩耗しすぎで壊れたなら、バーストの前にバイブレーションが発生します。またマシンやドライバーによってタイヤ摩耗が変わることは理解していますが、それでもこの二人以上に長い周回数を走っていたドライバーが問題なかったですし、トップを走るフェルスタッペンはタイヤ管理的には一番楽です。しかもバクー・サーキットでは右リアタイヤが一番負荷がかかるのですが、左リアがバーストしたことを考えると、今回はデブリが原因と考えるのが妥当かと考えます。ピレリもフリー走行でタイヤの摩耗を確認しているわけですし、それでワンストップ作戦が問題ないことを認めているわけですからね。レッドフラッグが出たあとで履いていたタイヤをチェックしていますが、そこでも問題はありませんでした。つまり摩耗的には問題がなかったと考えたほうがいいと思います。またレッド・フラッグ後のハミルトンのタイヤにもデブリが刺さっていたことも確認されています。

バクー・サーキットが公道サーキットだというのも、破片が原因でないかと思う一つの要因です。パーツの破片は普通のサーキットならコース外の芝生やサンドトラップに飛び散る事が多いのですが、ストリートサーキットの場合、コースの端は即壁なので、デブリが外に逃げずに壁にあたってコース上に戻ってくるんですね。だからこのようなタイヤのパンクが増える傾向があります。3年前にボッタスもタイヤバーストしていましたよね。

私も過去にはタイヤが壊れた原因を、ピレリがデブリのせいにするのを批判してきました。でも今回はピレリの言い分が正しいのではないかと思います。

最終的には、ピレリがタイヤを分析した上で判断するとは思います。もしこれがタイヤの構造の問題であれば、シルバーストーンなんかではレースをすることができなくなります。ここよりも遥かにタイヤへの負荷は高いですからね。だから今回のタイヤバーストの原因が本当にわかるのはイギリスGPなのではないかと考えています。

優勝目前からクラッシュ、リタイヤした失意のフェルスタッペン

▽ペレスの優勝はラッキーだったのか
セルジオ・ペレスがレッドブル移籍後、初優勝を飾りました。もちろんこの優勝にフェルスタッペンのリタイヤという幸運が影響していることは間違いありません。しかしペレスが幸運だけで優勝したと考えることもできないと思います。

この週末の彼はコンスタントにスピードを見せていました。FP2ではトップタイムを、FP3では二番手タイムを出しています。そして予選Q1、Q2も速さを見せていました。Q3ではトラフィックに引っかかり6番グリッドからのスタートになりましたが、週末を通して素晴らしい走りでした。

そしてレースでも、スタート直後に見事な走りを見せます。6位スタートのペレスは、まずフェラーリのサインツをかわすと、つづくターン3でアウトからガスリーを抜き去ります。この走りは見事でした。ターン3の立ち上がりの外側は壁ですから、少しでも間違えれば壁に激突して即、リタイヤですからね。オープニングラップでこの二台を抜いてフェルスタッペンの後ろにつけなければ、彼の優勝はなかったでしょう。

そして実はペレスはフェルスタッペンがリタイヤしていなくても、勝てていたかもしれません。最初で最後のタイヤ交換でペレスは4秒もかかっています。この状態でもフェルスタッペンのすぐ後ろで戻っています。この時ペレスがもし通常の2秒でタイヤ交換できていたら、彼はトップでレースに戻っていたと思います。もちろんその後のペースを見るとフェルスタッペンの方が良かったので、最終的には抜かれていたとは思いますが、少なくともペレスが実力で、レースをリードできるだけのペースがあったことだけは間違いありません。

そして赤旗中断後の再スタートはしびれましたね。ハミルトンがなぜ飛び出したかはあとで説明しますが、ペレスのマシンはハイドロのプレッシャーが低くなってきており、かなり苦しい状況でした。ハイドロのプレッシャーがある程度落ちてしまうとギアチェンジとかもできなくなります。そうすれば彼のレースは終わりです。だからレッドブルは再スタートするギリギリまで、エンジンに火を入れませんでした。ハイドロ系にできるだけ負荷をかけたくなかったのだと思います。

例えこのレースでペレスが優勝していなくても、彼の走りは素晴らしかったと言えます。この後の問題は、ペレスがこのスピードをコンスタントに出せるかどうかです。優れたドライバーはマシンの調子がいいときも悪いときも、コンスタントに結果を残します。それができるかどうかが一流と超一流ドライバーの違いになります。

手にしかけた逆転優勝を取り逃がしたハミルトン

▽マジックボタンに沈んだハミルトン
本来、このレースはハミルトンが勝つはずだったかもしれません。ただ彼の週末は苦戦の連続でした。フリー走行ではなかなかタイムが出ません。モナコと同様で路面がスムーズなバクー・サーキットではタイヤに優しいメルセデスはタイヤの温度を適正に上げることが難しかったのです。その後、土曜日には改善しハミルトンは予選2位になりました。彼が予選2位でもあんなに喜んでいたのは、予選2位になれるなんて想像もしていなかったからです。

レースでは一時はトップを走りましたが、またもやメルセデスはタイヤ交換で遅れを取ってしまいます。先頭集団の中でハミルトンは最初にタイヤ交換をします。ただこれはまたも間違った判断でした。タイヤ交換に4.2秒もかかってしまい、次のラップで1.9秒でタイヤ交換したフェルスタッペンに抜かれてしまいます。このタイムロスには、ピットインしてきたガスリーをやり過ごす不運もありました。

そしてフェルスタッペンより更に1周遅くタイヤ交換したペレスにも抜かれてしまいます。ちなみにペレスもタイヤ交換に4秒かかっているので、ハミルトンが抜かれたのがタイヤ交換のタイムロスだけでないことがわかります。

そんな週末を通じて苦戦を続けてきたハミルトンに最大の幸運がレース終盤で舞い降ります。フェルスタッペンがタイヤバーストして、コース上にとどまったのでセーフティカーが登場しました。フェルスタッペンのマシンを移動するには時間がかかりそうだったので、そのままセーフティカーのままレースフィニッシュかと思われました。ところが残り3周で赤旗中断。残り2周だけの超ショートレースとなりました。

これはハミルトンにとっては最大のチャンスです。セクター2で速いレッドブルをハミルトンがコース上で抜くのは難しかったでしょう。ところがスタートなら関係ありません。前に出さえすればセクター2で抜かれることはありません。

そして再スタートで抜群のスタートをきったハミルトンは、ブロックしようとするペレスをすり抜けトップでターン1に入ります。ハミルトンの逆転優勝がほぼ決まったと誰もが思いました。ところがなんとハミルトンはそのままターン1のエスケープロードにまっすぐに走り込みました。なにがハミルトンに起きたのでしょうか。7回のワールドチャンピオンが単純なミスを起こすとも思えません。

なぜハミルトンはコースを飛び出してしまったのでしょうか。レース終了後、彼はマジックボタンを押してしまったか?と聞いています。

彼の言うマジックボタンとは、前後のブレーキ比率を極端に前よりにするボタンのことです。そうすると何が起こるのかというと、ブレーキ配分がフロント寄りに90%になります。すると当然前のブレーキが熱を持ちます。そのブレーキの熱でフロントタイヤを温めるのですね。じゃリアタイヤはどうなのと思われるかもしれませんが、リアタイヤはトラクションがかかるので比較的容易にタイヤ温度を上げることができます。

ウォーミングアップで加速しているのは、リアタイヤを温めるためで、減速しているのはブレーキを温めるためです。そして蛇行するのはフロントタイヤを温めるためなのですが、フロントタイヤは暖まりにくいので、ブレーキの熱を利用してタイヤ温度を適温まで上げるのですね。特に今年のメルセデスはタイヤの温まりに問題を抱えていますから、これは大きなアドバンテージになります。昨年まではそれに加えてDASも利用していました。

再スタート時にグリッドに着いたハミルトンのブレーキから白煙が上がっているのが見えたと思いますが、これがマジックボタンを使ってフロントブレーキを温めた白煙となります。

再スタート時のハミルトンのオンボードを見ていると、彼は左手をステアリングの左上に置いているのが、わかります。そしてそこにマジックボタンが設置されています。普通にステアリングを握っていると、触れない位置にあります。走っているときに触ったら大変ですからね。しかしこのときは、ハミルトンの左手がなぜかステアリングの左上にあったのは事実です。恐らく本人も無意識のうちに触ってしまったのだと思います。

そしてブレーキバランスが前に90%なれば誰でも止まることはできません。普通ブレーキバランスは前に55%〜60%くらいですからね。

ただ後からになって思えば、そこまでアグレッシブに行く必要もなかったと思います。ハミルトンは再スタート前に、スプリントレースだからリスクを冒してでも行くと話していましが。でもフェルスタッペンがもういないわけですから、ハミルトンは2位でも十分なわけです。もちろん優勝したほうがいいのは間違いないですが、ここで無得点に終わったのはハミルトンにとってシーズン終盤のチャンピオン争いで大きな意味を持ちそうです。

▽オーバーカットが正解だった
予選Q1でクラッシュし最後列からのスタートとなったストロール。彼のレースはタイヤバーストで終わりましたが、クラッシュするまではかなりいいペースで走っていました。さらに2位になったベッテルもストロールを除いては18周目ともっとも遅くタイヤ交換をしています。上位陣の中で最初にタイヤ交換をしたハミルトンは3位に落ちています。これはどうしてなんでしょうか。

それはモナコと同じて、サーキットが高速コーナーが少なく、公道サーキットで路面がスムーズなのでタイヤのデグラが少ないのです。しかも今年のピレリタイヤはタイヤの温まりも悪い。そうするとタイヤ交換でハードに変えるとタイヤの温まりが悪く、先にタイヤ交換してアンダーカットを狙おうとしてもうまくいきません。逆にタイヤの温まりが悪くタイムが上がらないライバルに対して、完全に温まったタイヤでいいタイムを出したほうが有利なわけです。

だからこのレースもオーバーカットしたドライバーが上位に来たのはそのせいなのです。

それにしてもベッテルの走りは見事でしたね。オーバーカットも良かったですが、コース上でガスリーを抜いたのも見事でした。シーズン序盤は新しいマシンに慣れるのに時間がかかりましたが、ここにきて4回のワールドチャンピオンの片鱗を見せてくれています。この日のイチ推しドライバーに選ばれたのも当然ですよね。

コースアウトもありアップダウンの大きかったサインツ

▽フェラーリ復調か?
ルクレールがポールポジションをとったのは正直驚きでした。ただモナコGPを見てもわかるように彼らが低速のコーナー部分では最速なのはわかっていました。今回、ルクレールがポールポジションをとったのは、メインストレートでハミルトンのスリップを使えて、ストレートでのスピード不足を補えたからでした。このバクー・サーキットでスリップを利用すると最大0.6秒も稼げるので、これは大きなアドバンテージでしたよね。

なのでレースで順位を落としたのは驚きではありませんでした。それでも最後までガスリーと表彰台を争えたわけですから、調子は上向きです。そういう意味でいうと低速サーキットのシンガポールGPがキャンセルされたのは、彼らにとっては痛いですね。シンガポールGPはフェラーリにとって勝てるレースでしたから。

開幕戦以来の入賞をした日本人ドライバー 角田選手

▽復調してきた角田選手
開幕以来の入賞をした角田選手。アゼルバイジャンGPでの走りは見事でしたね。角田選手は開幕戦のバーレーンは走った経験がありましたし、事前のテストで走り込めていました。でもここは彼にとっては初めてのサーキットです。しかもストリートサーキットで、コースの外は即、壁でクラッシュです。そんなサーキットでモナコでの反省も活かせて見事に入賞しました。レース中のペースもかなり良かったですよね。

チームは角田選手のペースが良すぎて、クラッシュしないかヒヤヒヤものだったのそうですが、この日の角田選手はそんな心配も不要でした。ただ赤旗中断後の再スタートでは順位を失い7位でした。これでも十分すぎるくらいの結果ではあるのですが、5位の可能性あったわけで、そこは今後の課題ですね。ただ一時期は苦労していましたが、徐々に戦い方を学んでいるように思います。今後も角田選手の活躍に期待したいですね。