ダンプ状態が生んだカオスなターン1からのハミルトンのぼっちスタート。最下位に落ちたハミルトンの逆襲劇と可愛そうなフェルスタッペン。そしてオコンの初優勝にベッテル2位からの失格などドラマ満載のハンガリーGPを振り返ってみましょう。
Embed from Getty Imagesベッテルのプレッシャーを跳ね除けて初優勝を手にしたオコン
▽カオスを生み出したボッタスのスタート
スタートでのカオスを生んだのは明らかにボッタスにミスで、それは彼自身も認めています。スタート時の路面はダンプ状態で難しい状態でした。フォーメーションラップ開始後も雨が降っていたので、スタート時のグリップがどうなるかは誰にも予想が付きませんでした。そんな中ボッタスはグリッド上でタイヤ温度が下がったこともあったのでしょうが、悪いスタートをしてしまいました。ノリスにも抜かれてターン1に向かうボッタスは失敗した焦りもあったのでしょう。ブレーキングポイントを間違え、しかもそれを補おうと強くブレーキを踏んだ結果、タイヤをロックさせてしまい、ノリスのリアに一直線に突っ込みました。その結果、ノリスがフェルスタッペンを押し出し、ボッタスはペレスを押し出し、二台のレッドブルのレースを台無しにしてしまいます。ラジエータのホースが破損したペレスはその直後にエンジンにダメージを与えないためにマシンを止めるように指示がでて車を止めます。フェルスタッペンはピットには戻ってこれたのですが、マシンの右側半分に大きなダメージを受け、バージボード類をほぼ全てとアンダーフロアに大きなダメージを受けて、赤旗中断中に修復を試みます。ただ30分程度では応急処置くらいしかできずに、フェルスタッペンは大きなダメージを残したまま、レースを走ることになります。
フェルスタッペンのマシンは大きくダウンフォースを失っていたので、レースをリタイヤする選択肢もあったかもしれません。実際、日曜日に3基目のPUをおろしたばかりでしたから、PUのマイレージだけを考えればリタイヤしたほうが良かったでしょう。ただそれでも1ポイントでも取れる可能性があるのであればということで、ダウンフォースが激減し、しかもマシンの空力バランスもめちゃくちゃになったマシンでフェルスタッペンは走り続けることになります。
▽まさかのハミルトン、ぼっちスタート
そして迎えた2回目のスタート。中断中の30分間で雨は上がり、少し薄日がさすような条件で路面はどんどん乾いている状況でした。ただスタート時に路面がどうなっているかは誰にもわかりません。なぜならば赤旗中断で全車がピットレーンからフォーメーションラップをスタートしていたからです。この時点では全車がインターを履いています。グリッド上が濡れていた場合、スリックだと、あっという間に順位を落としてしまう危険性があるからです。ただフォーメーションラップを走りながらドライバーたちは、この路面ならドライで行けると確信していました。
ただハミルトンは隊列を率いながらピットと無線で通話はしていましたが、この時直進時にステアリングが真っ直ぐにならないトラブルに見舞われていて、それを治すための指示を受けていました。それが影響したかどうかはわかりませんが、メルセデスはフォーメーションラップでタイヤ交換をすることをしませんでした。
ハミルトンがタイヤ交換しなかったのには、もう2つ理由があります。まずハンガリーGPは抜くのが難しいサーキットです。だからトップを走るハミルトンは順位を失いたくはないのです。もし彼がタイヤ交換してライバルがしなければ、彼は順位を落とします。ハミルトンはトップを走っているわけですから、2位以下のマシンがどういう行動をするかを見ることができません。ハミルトンがピット入り口を過ぎてから2位以下のドライバーがピットに入るのですから、ハミルトンが他車の作戦を見て動くことはできません。
さらにハミルトンがタイヤ交換しても問題はありました。メルセデスのピットは一番手前にあります。ハミルトンがタイヤ交換してすぐに飛び出そうとしても、おそらく後続のマシンが続々と走ってくるのでハミルトンは待たざるを得ません。また走ってくるマシンの隙間を狙って飛び出そうとすると、アンセーフドリリースの反則を取られる可能性もありますし、最悪接触してレースを失ってしまう可能性すらありました(実際マゼピンはそれでリタイヤしました)。つまりハミルトンにとってはタイヤ交換しても最悪だし、タイヤ交換しなくても最悪という状況だったのです。
一方、それは再スタートを2位から飛び出すオコンも同じ状況でした。ただ彼はピットに入ってくる渋滞に巻き込まれることはなく2位でピットレーンスタートができました。なぜなのでしょう。それはチームメイトのアロンソがダブルピットストップになるのがわかっていたので、前車との間隔をあけて戻ってきたからです。このアロンソが空けたスペースにオコンは飛び出すことができました(ちなみにベッテルもこの隙間に戻れました)。もしアロンソがこの時機転を利かせなければオコンは2位でレースに戻ることはできなかったかもしれません。ここが2番目のポイントとなりました。
だから結果的にハミルトンがタイヤ交換しても、渋滞に巻き込まれることはなかったのですが、これはチームを責められないですよね。
ハミルトンを除いた全車がタイヤ交換したことにより、ハミルトンはぼっちスタートを余儀なくされます。これはミシュラン勢が走らず、ブリヂストンタイヤを履く6台だけがスタートした2007年のUSGPを思い出させました。
これでまだ少し路面が濡れていて、インターの方が速い状況だったらハミルトンにも救いはあったのですが、もうすでにスリックタイヤを履いた方が速い状況だったので、ハミルトンも1周目の終わりにタイヤ交換をして最下位まで落ちることになります。ただここから後のメルセデスとハミルトンの作戦と走りは見事でした。
Embed from Getty Images力の限りオコンを追い続けたベッテルだったが逆転ならず
▽守りきったオコンとベッテルの決定的なミス
ハミルトンの走りは後で語るとして、トップ争いを振り返りましょう。最初のスタート直後のカオスを切り抜けたオコンとベッテル。オコンはルクレールの後ろを走っていのたですが、ルクレールがインを抑えたため、やむなくルクレールを避けるためにコース中央を走ります。その時、後ろから走ってきたストロールがオコンが空けたイン側のスペースに突入しますが、止まれきれなくてルクレールとの接触を避けるためにイン側のグラスに飛びだしますが、雨で濡れていた芝の上にのったストロールはそのままルクレールに突っ込みました。ストロールとルクレールが接触して空いたイン側をオコンは抜けて2位に上昇します。
一方のベッテルはスタートを失敗し、彼の後ろからスタートしたチームメイトのストロールに前にいかれますが、これが彼にとっては幸運でした。先程述べたように、ストロールがルクレールを押し出したため、空けたイン側をベッテルは抜けて3位に上がります。
こうしてスタート直後の混乱に乗じてオコンとベッテルが2位と3位になり、赤旗中断となります。そして再スタート時もこの二台はタイヤ交換をして2位と3位でレースに戻り、ハミルトンがインターからミディアムに履き替える際に1位と2位に上がることになります。
ミディアムで走るオコンのペースはよく、レース序盤ベッテルに1.5秒の差をつける時もありました。レースの三分の一を過ぎる頃にはオコンにアルピーヌのピットからタイヤを労って走るように指示がでます。さらにリフトアンドコーストして燃料をセーブして、来たるべきベッテルとの対決に備えていました。そしてタイヤ交換時期が近づいてきた36周目には2.75秒のギャップを作ります。
ベッテルが36周目の終わりにタイヤ交換に先に動きます。コース上では抜けないので、アンダーカットを狙いました。ただベッテルはあまりにも攻めた結果、ピットに入る道でリアを滑らしてしまい、一瞬アンチストールが働きスピードが鈍ります。さらにピットボックスに止める位置が少し奥になり、タイヤ交換に3.3秒もかかってしまいました。
ベッテルはアウトラップを、彼いわく「死にものぐるいで」プッシュします。彼はセクター2で0.5秒も全体ベストタイムを更新します。
ただアルピーヌのタイヤ交換は素晴らしかった。2.3秒のロスタイムでオコンをコース上に送り出します。そして追いかけてくるベッテルの直前に戻ることに成功します。ここが勝利への第二のポイントとなりました。
もしベッテルがミスをしなければ、彼はトップでコース戻り、優勝したのは彼だったかもしれません。
このあともオコンは49周目のターン1でジョビナッツィを周回遅れるにする時にベッテルに直後まで迫られますが、なんとかしのぎました。レース中もおそらくベッテルのほうが速かったと思いますが、ミスをすることもなくレースを走りきり初優勝。そして事件はオコンとベッテルの後方で起こっていました。
▽さすがのメルセデスの作戦とハミルトンとアロンソの走り
一時は最下位まで落ちたハミルトンでしたが、すぐに後方集団には追いつきます。ただこのコースはとにかく抜くのが難しく、ハースのシューマッハーを抜くだけでも数周もかかる始末です。リカルド(彼もまた多重クラッシュでマシンにダメージを受けてました)とフェルスタッペンに追いついたハミルトンは、ダウンフォースが相当減ったフェルスタッペンさえも抜くことができませんでした。
そこでメルセデスが他の誰よりも早く動きます。19周目にハミルトンをピットに戻し、ハードタイヤに交換してアンダーカットを狙います。次の周にリカルドもフェルスタッペンもハミルトンの動きをカバーするためにタイヤ交換しますが、アンダーカットの威力は大きく、なんとハミルトンは二台を同時にアンダーカットして10位に上がります。
その後は1周1秒以上オコンよりも速いペースで追い上げます。4位まで追い上げていたハミルトンですが、若いハードを履くサインツを抜けません。そこでまたもメルセデスが先に動きます。ハミルトンをピットに入れてミディアムに履き替えたのです。これでまた反撃の準備を整えたハミルトンでしたが、これに立ちふさがったのがアロンソでした。
Embed from Getty Imagesハミルトンの猛攻を防ぐアロンソ
ハミルトンがタイヤ交換したことで4位に上がっていたアロンソ。メルセデスはフレッシュなミディアムを履いたハミルトンは多少苦戦してもアロンソを抜けると思っていたでしょう。ところがアロンソはミスをおかすことなく、この7回のワールドチャンピオンを13周渡って抑え込むことに成功します。そしてこれがオコン初優勝への三番目の鍵となりました。
仕掛けるハミルトンに対し守るアロンソ。タイム自体は2秒から3秒もハミルトンのほうが速かったと思いますが、ギリギリのところでハミルトンを抑えるアロンソ。2度のワールドチャンピオン対7度のワールドチャンピオンの贅沢なバトルを堪能できました。最後は65周目にアロンソがターン1のブレーキングをロックして抜かれてしまいますが、それでもアロンソの走りは見事としか言いようがありません。ハミルトンに抜かれたアロンソですが、彼は見事にそのミッションを成功させました。
アロンソの後ろでタイムを失ったハミルトンですが、アロンソがミスをして抜いた後は簡単にサインツを抜くとトップの二台に急接近します。ただ残りはたったの3周でベッテルとの差は9秒もありましたが、最速のハミルトンは瞬く間に差を詰めて、最終ラップには2台のすぐ後ろにつけますが、さすがのハミルトンも二台を抜くことはできずに3位(後述のベッテル失格により2位)に終わります。
それにしても勝ったオコンがピットに戻らずに、そのままコース上を走ってピット出口にマシンを止めて表彰台まで、走って戻るのは微笑ましい光景でしたね。
ただドラマの多いハンガリーGPの最後にさらにドラマが待っていようとはレース終了直後には想像もできませんでした。
▽2位ベッテルの残念な失格
フィニッシュ直後のインラップでベッテルに対してチームからマシンを止めるように指示が出ました。このときはガス欠だろうくらいにしか思っていませんでした。F1はルールで最後の車検で燃料の組成を調べるためのサンプルを1リットル残しておかなければなりません。だから止めたのだろうと思っていました。ところがその後の車検で、ベッテルのタンクからはわずか0.3リッターの燃料しか回収できずに、ベッテルは失格処分となってしまいました。
今のF1は完全にコンピュータ制御で燃料を噴射しているので、残りの燃料がどれほどなのか正確にわかっています。にも関わらず、このような事態になったことは驚きでしかありません。これだけ激走して2位になったベッテルには掛ける言葉もありません。
最後にはアストンマーチンのメカニックやエンジニアも車検場に来てFIAから燃料サンプルを出していいよとまで言われましたが、それでもそれ以上の燃料を取り出すことはできません。アストンマーチンはこの処分に異議申し立てするそうですが、これが覆ることはないでしょう。
このような状況になった原因はたったひとつしか考えられません。それはスタート前に入れた燃料がほんの少しだけ足りなかったのでしょう。それ以外には原因が考えられません。0.7L以上もの燃料がどこかに消えてなくなるなんて、あるわけ無いですからね。ベッテルのタイヤ交換が遅かったことも含め、このあたりの総合力ということでは、やはりアストンマーチンはライバルチームより劣っていると言わざるを得ません。
そもそもこのルールはレッドブル時代のベッテルが予選終了後にマシンを止めて燃料サンプルが取れなかったことから導入されたルールですから、ベッテルにとっては二重に残念な結果でしたね。
▽不運なフェルスタッペンだが、心配な競争力
そして最後にこの日の主役になる予定だったフェルスタッペンのレースを少し振り返りましょう。この日のクラッシュは前回のイギリスGPとは違いフェルスタッペン自身には全く責任がありません。ただ後方から飛び込んできたマシンに押し出されただけでした。
彼のマシン右側はバージボードからフロアまで多く破損しました。赤旗中断中に必死に修復を試みますが、完全に治るはずもなく、空力的には半分のマシンでレースを戦います。それはシューマッハーを抜くのに9周もかかることからわかるように、普通なら走るだけでも大変なマシンでした。
フェルスタッペンも「メチャクチャ運転が難しく」、しかも「ダウンフォースを失っていたので、あちらこちらでアンダーステアやオーバーステアが出た」と述べています。
それでも10位フィニッシュ(ベッテルが失格し、最終的には9位)できたのは良かったと言ってもいいかもしれません。ただ前回イギリスGPでクラッシュしたPUに異変が見つかり新しいPUに交換して臨んだハンガリーGPでも接触されてPUが無事なのかどうかは不明です。ここで二基のPUを失えば、シーズン後半に2回もPU交換ペナルティを受ける可能性すらあります。これはチャンピオンシップ争いを考えると大きなマイナスになります。
それにクラッシュで見えませんでしたが、イギリスGPにメルセデスが投入したアップデート以降、レッドブルとメルセデスの競争力が逆転したように見えるのも心配な点です。
ハンガリーGPは本来、レッドブル向きのサーキットで、レッドブルのためのレースになるはずでした。にもかかわらず予選では0.4秒の大差をつけられてフェルスタッペンは3位。メルセデスがフロントロウを独占しました。今までもハミルトンにポールを取られることはありましたが、ボッタスに負けることは稀でした。ところがこのレースでは予選でボッタスにも負けたということは、ドライバーの責任というよりマシンの競争力がメルセデスの方が優っていると考えたほうがいいでしょう。
メルセデスはこれ以降、大きなアップデートをしないことを明言しています。問題はレッドブルがどの時点でアップデートして、メルセデスとの競争力を逆転できるのか、それがフェルスタッペンがチャンピオンを取る大きな鍵となりそうです。