▽DRSは難しいデバイスだった
DRSは当初、とても単純なデバイスと見られていた。スイッチを押せば、フラップが寝てドラッグを減らす。ただそれだけを確実に動作させればいいと考えられていた。
だが実際に運用を始めてみると、そう単純ではないことが明らかになる。最初の問題はDRSをオンからオフにした際のダウンフォースの戻る時間であった。
オンからオフにすればダウンフォースは戻るのではあるが、タイムを考えればぎりぎりまでDRSをオンにしておきたい。だがオンからオフした際にダウンフォースの戻りが遅いとブレーキングを開始した時点で、安定性が悪くなる。
この点で一番苦しんだのはメルセデスGPだった。さらにDRSをオンした時のドラッグの減り具合もウィングの形状によって違っていた。最終的にはフラップ部分を小さくする方が、抵抗が少なくなることがわかったのだが、それだとオフ時の効率が悪くなる。
その為、リア・ウィングにダウンフォースを頼る一部のチームでは最後まで大きなフラップを使用していた。マクラーレンがその例である。
だがシーズン終盤には一つの形に収斂してきたので、来シーズンに関してはあまり大きな変化はないと考えている。
▽KERS
KERS自体は2009年シーズンも使われており、使えるエネルギー量も当時と同じであった。だがそれでもKERSは進化した。小型化は進みより進化したKERSとなって再登場した。
その中でもレッドブルのKERSは非常にユニークだった。それは彼らがKERSシステムの配置に関してである。彼らはバッテリーをギアボックスに取り付け、インバータをエンジン横に配置した。
通常これらのユニットは、燃料タンク下に配置されていることが多い。だが彼らはそれをマシン後部に持ってきた。
それは当然、燃料満タン時の重心位置を下げたいから。
だがこの配置は当然、デメリットもあるわけでそれが熱と冷却の問題である。エンジンやギアボックス周辺は当然高温になる。KERS用のバッテリーも高温になり、バッテリーは高温になるとパフォーマンスが落ちるし、最悪の場合、発火することがある。
だがそのデメリットはレッドブルも当然わかった上で、このパッケージを選択している。
彼らはKERSに関してはスタートで使ってトップを維持できれば、後は常時使わずに前のマシンを抜く時にだけ使えばいいと割り切って考えていたと思われ
る。それはポールポジションを取れるマシンとドライバーがいて初めて成り立つ作戦なのだが、今年に限って言えばそれは大当たりとなった。
またKERSは追い抜きの際にも、大きな威力を発揮した。
KERSは前を走るクルマも使えるので、プラスマイナスはゼロのはずなのだが、効果的な場所で使用できれば、追い抜きを助けることができた。
例えば中国GPでベッテルを抜いた時のハミルトンは、通常使わないところでKERSを使い追い抜いた。
逆にベッテルは韓国GPでターン3の立ち上がりからKERSを使い、ハミルトンを抜いた。この際、ハミルトンはスタートとターン2の立ち上がりでKERS
を使い果たしていたと考えられ、ベッテルはスタートから1コーナーまでの距離が短いことを考え、スタートではKERSをセーブし、ターン3の立ち上がりで
勝負を掛けた。
来年以降は、使えるエネルギー量も増える予定なのだが、私はこれを制限した方が面白いと思う。使えるエネルギー量が増えれば増えるほど、同じ場所でKERSを放出するので、追い抜きは難しくなると思うのだが。
▽極端な特性でレースをおもしろくしたピレリ
▽ピレリタイヤは素晴らしかった
タイヤのライフを短めに設定したピレリ。これはレース戦術をより一層複雑にした。
ブリヂストン時代はタレ具合がほぼ正確に予想できたので、タイヤ交換のタイミングもそれほど悩む必要はなかった。だがピレリタイヤは予想が難しい。特に金曜日に雨が降られるとロングランのテストができなくて、チームは手探りでレースに臨むしかなかった。
その為、レース中、ドライバーは決して無理をする事がなく、常にタイヤと会話しながらのドライビングを強いられた。特にシーズン序盤は3回や4回のマルチストップが頻発し、それがレース結果に大きく影響した。
だがさすがはF1チームである。シーズン後半になるとピレリタイヤを学習し、タイヤを持たせるセッティングを見つけ出し、2回ストップで済ませるようになった。
今シーズンはオーバーテイクシーンが過去最高になったのだが、後述するDRSよりもピレリタイヤの方が貢献したのではないかと思う。特にリアタイヤが厳し
くなると立ち上がりのスピードが鈍くなり、ストレートで抜かれる事が多かった。その為、どのドライバーもタイヤを労りながら走ることが多かった。
ただF1ドライバーがタイヤを気にして、スピードをセーブする事が良い事かどうかは賛否があるだろう。
▽画期的なブロウン・ディヒューザー
ブロウン・ディヒューザーがこれほどまでに猛威を振るったのには理由がある。まずこれまでディヒューザーは高速で走るとダウンフォースが増え、低速域では
減る。ところがこのブロウン・ディヒューザーは低速でも排気ガスを吹き付けることによってダウンフォースを生み出してします。
これが2009年までは低速サーキットを得意としていなかったレッドブルがどんなサーキットでも苦戦しなくなった魔法の仕掛けである。
さらにブレーキング時に、吹き付けることによって通常減るはずのダウンフォース量を維持でき、ブレーキングの安定性が増した。
さらにさらに排気ガスをリアのアップライトに装着したウィング上のカバーに、直接吹き付けることにより、タイヤに直接ダウンフォースを伝えることができる。これはとても効率がいいやり方である。
もう一つ利点がある。予選において積極的に排気ガスを吹き付けることにより、ダウンフォース量を増し、予選一周のタイムをアップさせることができた(これはイギリスGP以降禁止された。その為、イギリスGP以降は予選においてレッドブルと他チームの差が明らかに縮まった)
これだけの利点があるのであるから使いないのは、どうかしている。
ただ一つ欠点がある。それは燃料を食うのだ。ブロウン・ディヒューザーはオフスロットルの時も混合気を作り出しているので、燃費が悪くなる。シーズン終
盤、マクラーレンがよくフィニッシュ直後にマシンを止めていたのは、これが原因である。彼らのマシンは元々、ブロウン・ディヒューザーを積極的に使うこと
を前提に作られておらず、その為燃料を満載しても最後までぎりぎり持つという状況だった。
これを見るとザウバーがシーズン後半苦戦した理由がよくおわかりいただけると思う。
フォースインディアやトロ・ロッソがブロウン・ディヒューザーを進化させる一方で、ザウバーは原始的なシステムしか使えずスピードで太刀打ちできなくなってしまった。
チーム側はFIAが一度禁止した際に、開発を辞めたのが原因であると話しているが、それはどのチームも同じである。彼らはFIAが開発を容認した後も、そのリソースを他の開発に振り向けた。それはこのアイテムが今年限りしか使えないからという判断がある。
だが今年だけを考えるとその考えは大失敗で、これが原因でザウバーはフォースインディアに逆転され、トロ・ロッソにも迫られることになった。
元々1980年代からこのコンセプト自体は存在し、実装されていた。
だが当時はオフスロットル時は排気ガスを吹き出さなかったので、アクセルを踏んだときはダウンフォースが増え、アクセルと戻すとダウンフォースが減るとい
うシステムだった。これだとドライバーは踏んだ時と戻した時のダウンフォース量があまりにも違いすぎ、ドライビングが難しくなるので、最終的には消滅し
た。
それは現代の技術で復活させたレッドブルの発想は素晴らしい。
だがそれも来年は禁止される。と思われるかもしれないが、そうは簡単にはいきそうもない。
排気ガスの出口は厳密に管理されるが、それでも排気ガスを後方に吹き出す以上、効率は落ちるが効果はある。実はその部分のレギュレーションはまだ決まって
いない。当初はオフスロットル時の排気ガス吹き出しは認めるとチームとFIA間で合意されたが、フェラーリがこれに異議を唱え、紛糾している。
このアイテムがどうなるにしても、エンジニア達の飽くなき速さの追求には感嘆を憶えるばかりである。そして、それことがF1の面白さの一つであることは誰も否定しないだろう。