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総合力のメルセデス 波乱のシンガポールGPを制す

m41513_singaporegp2016 レース半ばの34周目に上位四台がソフトタイヤに履き替え、そのままフィニッシュすると思われたが、それはこの波乱に満ちたシンガポールGPの序章にしか過ぎなかった。 上位四台が全員33周目と34周目にソフトタイヤに履き替えた時点で、フィニッシュまでタイヤ交換はなく、追い抜きの難しいシンガポールでは順位はほぼ確定したと思われた。 だがここからレースは大きく動いた。4位を走るハミルトンにチームから「プランBで行く」と無線があった。もうタイヤ交換がないと思われた時点でのプランBの指示は意味がわからなかったがハミルトンが45周目にタイヤ交換に入ってその意味がわかった。 彼らは残り16周を柔らかく速いスーパーソフトに履き替えて3位を走るライコネンをレース終盤に追い抜こうと考えたのである。その時点での4位であるハミルトンと5位との差は30秒ほどあり、ハミルトンはタイムは失うが順位を失わないフリーストップが可能だったからこの作戦が可能になった。 当然、フェラーリはそのことに気がつき次の周に3位のライコネンをピットに向かわせた。4位のハミルトンがタイヤ交換したのだから、ライコネンもフリーストップが可能のはずだった。ところがこのタイヤ交換で二人の順位は入れ替わった。スーパーソフトを履いたハミルトンはスーパーアウトラップを見せ、アンダーカットして3位に順位をあげた。メルセデスの作戦は大成功。メルセデスはライコネンがハミルトンに反応してタイヤ交換しても、タイヤ交換しなくても自分達が主導権を持ってレースができる作戦を考えた。これはなかなかできることではない。 そうなると2位のリカルドもタイヤ交換を考えるし、リカルドがタイヤ交換すればトップのロズベルグもタイヤ交換を考える。というのもこのシンガポールGPはセーフティカーが入る確率が多く、もしタイヤ交換をしなくてセーフティカーが出てきたら、後続との差がなくなり古い硬いタイヤを履いたまま、新しい柔らかいタイヤを履いたライバルに立ち向かわなければならなくなる。チームとしてこれは避けたい事態である。 だから当然リカルドもライコネンの次の周にタイヤ交換に向かった。彼らは新品のスーパーソフトを持っていたことも幸運だった。そして次の周にはロズベルグもタイヤ交換するはずだったし、メルセデスも用意していたし、ロズベルグにピットインの指示もしていた。だが彼らはピットインする寸前で急遽ロズベルグをステイアウトすることに変更した。これはどうしてなのか? 実はタイヤ交換したリカルドのアウトラップがこれまた素晴らしく、ロズベルグがタイヤ交換するとギリギリで順位を維持できないと判断した。ロズベルグのインラップで周回遅れのマシンに引っかかった事も不運だった。だからメルセデスはすでに15周も走ったソフトタイヤでロズベルグをフィニッシュまで走りきらせる作戦を選択した。 メルセデスもロズベルグが最後までリードを保てるかは自信はなかった。だがこうなってはやるしかない。最初リカルドは1周3秒もタイムを刻んできた。その後タイヤがたれてきてからはタイムが少し落ちたがそれでも毎週1秒以上の差を詰めてきた。 実はロズベルグにはタイヤ以外にも不安な点があった。ハミルトンも同じだったが彼らはブレーキ温度の上昇に悩まされていた。だからロズベルグも攻めきることができない。だが残り5周を切った時点で最後の鞭を入れた。リカルドとのラップタイムを1秒以内に縮めて最後の抵抗を試みる。 そして最終ラップに追いついたリカルド。ロズベルグの前には周回遅れのマシンがいた。そしてギリギリのフィニッシュ。ロズベルグはからくも0.4秒差で逃げ切った。もしもう一周リカルドのタイヤ交換が早ければレース結果は変わっていたかもしれない。 だが上位四人は持てる力を振り絞った結果だった。だから勝ったロズベルグも2位のリカルドも満足だった。そしてブレーキに悩まされていたハミルトンも三位以上は望めなかったし、タイヤ交換でハミルトンに抜かれたライコネンもまた全力を出し切った結果だった。 このハミルトンの逆転3位もロズベルグをステイアウトして勝たせたのもメルセデスの作戦である。とくにロズベルグをステイアウトする判断はギリギリになってくだされた。普通、ライコネンのように後ろのマシンがタイヤ交換してフリーストップができるのであれば無条件でタイヤ交換するのが普通である。 それをギリギリまで考えて、最後の最後で判断を変えるのはとても難しい。今日のレースはロズベルグが勝ったからいいが、もし負けていればこの判断は批判されていただろう。そういう意味で今年メルセデスが自滅したスペインGPしか落としていないのは、彼らのマシンが速くて信頼性があるだけでなく、チームも含めた総合力がライバルに比べて勝っている結果なのである。