5月のマイアミGPの途中からレースをリードしてきたフェルスタッペンがそれ以降初めてレースリーダーの座をライバルに明け渡したオーストリアGP。しかし実際のところ、それはオーストリアGPで勝利するためのレッドブルの積極的な判断であり、それが逆にレッドブルとフェルスタッペンがいかに今のF1レースを支配しているかを明確にしました。
レッドライトが消えるとフロントロウのフェルスタッペンとルクレールの蹴り出しはほぼ同じでしたが、ルクレールはその後の加速がよくターン1の入り口でフェルスタッペンに迫ります。その後の直線でトウを使いアウト側から並び掛けて、ターン3に飛び込みます。
ここでフェルスタッペンはアウト側きっちり一台分残すもギリギリまで寄せてルクレールを牽制しポジションを守ります。しかしそれでも諦めないルクレールはターン4でアウトから挑みます。一瞬フェルスタッペンの前に出るものの、イン側にいるフェルスタッペンを抜くことができず、オープニングラップの見ごたえのある二人の勝負は決着が付きました。
オープニングラップのターン1で角田裕毅がエステバン・オコンと接触してフロントウイングの左エンドプレートを破損したのでセーフティカーが登場し、レースは4周目から再開。しかし、その時点でフェルスタッペンは第一スティントでの重要な場面を迎えていました。フェルスタッペンは最後から2つ目のコーナーに向かう立ち上がりで加速。ルクレールを置いていき、グリーンフラッグが振られた時点でフェラーリを0.6秒リードし、そのラップの途中でのフェルスタッペンのリードは1秒以上で、早くもDRS圏外に逃げます。一方、ルクレールの後方にはDRSを使うサインツが控えていました。
ルクレールの後ろの3位を走るサインツは自分のほうが速いと明確に主張することはありませんでしたが、9周目「わかると思うけど」という湾曲な問いかけに対する回答は明白で、フェラーリは、順位を入れ替えても、ルクレールがすぐに同じDRSの恩恵を受け、同じサイクルが繰り返されるため、ドライバーを入れ替えるのは意味がないと主張しました。
フェラーリのチームボスであるフレッド・ヴァスールはレース後、次のように語りました。
「レース前に決めたプラン通り、オープニングラップの2、3コーナーの後に2番手と3番手になれるチャンスがあれば、最初のスティントはお互いに攻め合わずに走り、4位から順位を守りリードを広げるつもりだった」
ここでレース展開を大き変えるアクシデントが起こります。14周目、ニコ・ヒュルケンベルグがターン3のランオフでフェラーリのエンジンから煙をだして止まります。彼は、アストンマーティンのフェルナンド・アロンソを除くトップ10全員が最初から履いていたミディアムタイヤを交換するためにピットインしたばかりでした。
ヒュルケンベルグがストップしたとき、フェルスタッペンは最終コーナーにいて、VSCが作動したときには、上位3台(フェルスタッペンと二台のフェラーリ)ともピットエントリーを超えていたため、そのラップに上位の3台がピットインするチャンスはありませんでした。
しかし、VSCだったのでライバルとの差は変わらないので、次のラップの終わりにタイヤ交換するチャンスはありました。フェラーリはVSCストップによる10秒のロスと、通常のストップの21秒のロスの差の11秒差を考慮し、2台ともピットインさせます。ダブルストップとなるフェラーリはサインツにルクレールとの距離を取るように指示。
ルクレールのマシンの左フロント交換が遅かったこともあり、フェラーリの2台のタイヤ交換はともに通常より2秒ほど遅くなりました。ルクレールとの差を空けてタイヤ交換をしたサインツは、この遅れにより、タイヤ交換後トラックに戻ったときにノリスの後塵を拝することになります。
「ギリギリのタイミングだった。最初のタイミングではピットエントリーを過ぎた時にVSCが作動し、ピットレーンにいるときに解除された」
「だから我々にとってはVSCが出るタイミングが5秒遅かったか、解除されるのが5秒早かったかのどちらかだった」
フェラーリはVSC時にタイヤ交換を行ったが、レッドブルはフェルスタッペンをそのまま走行させました。フェルスタッペンは、「タイヤの状態が良かったから、そのまま行く方が理にかなっていた」として、「あまり心配していなかった」と主張しました。
実際、レッドブルはルクレールに11秒与えたにも関わらず、VSCでピットストップを行わなかったことをメリットと考えていました。
チーム代表のクリスチャン・ホーナーによれば、フェラーリ勢がピットインしたタイミングは「2ストップにはまだかなり早い」タイミングであり、フェルスタッペンはタイヤライフがオフセットされれば、その後はライバルたちよりも速く、ハードに攻めることができると考えていました。
実際レース前にはワンストップでも行ける予想もあったので、レッドブルは実際に行けるならワンストップも視野に入れていた。それであれば、ここでタイヤ交換する必要はありません。一方このタイミングでタイヤ交換したフェラーリ勢以下はツーストップが確定しました。
「フルセーフティカーだったらピットインしていただろう」とホーナーは付け加えた。
「しかし、VSCによってオフセットができたことで、事実上、ライバルたちとは少し違ったレースをすることになった。それにこんなに多くのマシンがVSC時にタイヤ交換したことに少し驚いたよ」
16周目にレースが再開されると、フェルスタッペンはルクレールに17.8秒のリードを持っていたが、その後7周で4.1秒縮められた。フェルスタッペンがVSC前の1分10秒台前半のペースを維持していたのに対し、ルクレールはミディアムタイヤを履いていたため、1分09秒台で楽に周回することができました。ペース的にはフェルスタッペンがタイヤ交換するまでは、新しいタイヤを履いたルクレールの方が優位だった。
24周目、レッドブルがフェルスタッペンにハードへ履き替えるよう指示。ただフェルスタッペンは3位のサインツの前で戻れずに、すぐ後ろにつけます。ただ26周目にはDRSを使ってターン4で前に出て、すぐにサインツをパス。フェルスタッペンは、ルクレールが6.8秒リードしていたのをすでに1秒縮めていました。
その後7周にわたって、「あの(ハード)タイヤはベターなタイヤではない」と感じながらも、フェルスタッペンはルクレールのリードを切り刻んでいく。
この間、フェルスタッペンのペースは平均で毎ラップ0.7秒ルクレールより速かった。フェルスタッペンはどの程度プッシュしていたのかについては明かさず、「スティントを管理することで、タイヤ寿命のアドバンテージと一般的なペースアドバンテージがあったから、自然とシャルルに迫っていた」とだけ語った。
34周目、フェルスタッペンはDRS圏内に入ったが、ターン4のアウト側からのアタックでは抜けなかった。しかし次のラップのターン3で勝負は簡単に決した。
ルクレールはアウト側のラインでワイドなポジションをキープし、フェルスタッペンをインに誘うようだった。フェルスタッペンは「グリップとトラクションがずっと上」だったため、ルクレールがそのようなポジションを取ると、あっさりとリードを奪い返した。
フェラーリのドライバーは、昨年のバーレーンとジェッダでやってのけたように、次のターン4への長い下り坂でDRSを獲得するためにレッドブルを先に行かそうとしたのだろうか?
「正直に言うと、イエスでもありノーでもある」とルクレールはレース後の記者会見で答えた。
「正直なところ、あの時点で抜かれるのは時間の問題だと思っていた」
「マックスはもっとフレッシュなタイヤを履いていたし、僕たちが同じタイヤを履いていたときは、いつでも彼らは速かった」
「このバトルでできるだけタイムを落とさないことが重要だとわかっていたから、これまで順位争いをしていたときほどアグレッシブに攻めなかった」
これが2023年の現実的なやり方です。レッドブルに抵抗しても、最終的に抜かれるのなら無駄な抵抗をしてタイヤを使うよりは先に行かせたほうが総合的なメリットは大きくなります。
これで実質的にレースは終わりました。ただフェルスタッペンはライバルに1ポイントも渡すつもりはなかった。それがチームメイトのペレスであろうとも。注目はこの時点でペレスが持っていたファステストラップの1ポイントに移っていました。
その後、フェルスタッペンは1分09秒台のペースをキープしてルクレールを引き離したが、まだ3ストップを考えてはいませんでした。
47周目にルクレールがハードを履き替えるためにストップする前には、フェルスタッペンのリードは13.3秒に達し、49周目にフェルスタッペンが再びミディアムに履き替えるためにストップしたことで、タイヤ戦略が違うことでなにか事件が起こるのではないかという期待はなくなった。
その約20周後、フェルスタッペンはルクレールに対するリードが24秒に近づいていることに気づいていた。これだけの差があればフリーストップが可能でした。
レッドブルは、ストレートが短くタイヤが冷えにくいこのサーキットで、ペースを落としてミディアムを冷やすことを提案したが、フェルスタッペンは「バカバカしい」、「タイヤ交換したほうがいい」と反論した。
この段階でのチームの考えについて、ホーナーは「3回目のタイヤ交換するメリットとデメリットについて少し議論があった。ペースを落としてタイヤを冷やそうと考えていた。うまくいかない可能性があるピットストップのリスクを冒さないでね」
「ただマックスは、タイヤはもうダメだとはっきり言っていた。それとも、ピットストップしてソフトタイヤに履き替えたほうがリスクは少ないのか?結局、”リスクを取ろう “ということになったんだ」
その結果、最後から2周前にフェルスタッペンはタイヤ交換し、トラックリミットの反則を犯すことなく、最終ラップに1分07秒012のファステストラップを記録しました。一時的にルクレールにリードを与えましたが、それでもこのレースをフェルスタッペンが支配していたことに間違いありませんでした。
今回、フェルスタッペンは「僕たちは本当にいい仕事をしたし、当然その差は少し大きくなった」と感じていました。
ホーナーもこれに同意し、次のように語った:「エンジニアリングチームは素晴らしい仕事をしてくれた。スプリントレースがあったので、1回だけのフリー走行を予選ではなく、決勝レースをより重視した。それは(ルクレールとの差がわずか0.048秒差でポールポジションを獲得した)金曜日には苦しんだが、(レースでは)それが報われた」。
ルクレールは、フェラーリが今回導入したフロントウイングとフロントフロアのアップグレードがレーススティントのタイヤ摩耗を改善したと振り返った。しかし、「秘密はない。レース当日にレッドブルに追いつくためには、まだ懸命に働く必要がある」と述べました。
「シーズン序盤と比較すればね…..」と、ヴァスールはかなり大胆に断言した。「3回か4回のレースで、マックスはみんなに1ラップ差をつけて勝つことができたと思う。今日、最後のピットストップの前に、彼は20秒前にいたしね」
正直なところ、14週目にフェルスタッペンがタイヤ交換してもしなくても結果は変わらなかった。それほどレッドブルはこのレースでも圧倒的な存在だった。ただ最後のタイヤ交換は不要だった。フェルスタッペンのタイヤはライバルよりも若かったし、軽くなったマシンでミディアムは最後まで走れただろう。
タイヤが厳しければペースを落とせが良かったし、それだけの大差が2位にはあった。これはエンターテイメントとしては面白かったとは思うが、スポーツマンシップとしてはライバルチームに対する敬意を少し欠いた行動だったと思う。ここで1ポイントとることはフェルスタッペンにとって大した意味はない。
そんなちょっぴり苦い思いを感じてオーストリアGPは終わった。