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タイヤ温度が決めた最多勝記録 ポルトガルGP観戦記

久しぶりのポルトガルGPが、初めてのアルガルベサーキットで開催された。序盤の波乱から終わってみれば、いつものようにハミルトンが勝ち、史上最多勝を更新した。序盤の混乱がなぜ起こって、なぜハミルトンは勝ち最多勝利を更新したのか。予選から振り返って見ましょう。

▽トリッキーなコンディションの予選
予選Q3の最後のアタックでは興味深い事象が見られました。ボッタスは通常通りワンラップだけのアタックで、ハミルトンは2回のアタックを選んだ。結果的にはこの勝負ハミルトンに軍配が上がり、ポールポジションを獲得した。ではなぜボッタスはワンラップのアタックを選択して、ハミルトンは2回のアタックを選んだのだろうか。

話はQ2に遡りますが、ボッタスは1周アタックでとても感触が良くトップタイムを記録しました。一方のハミルトンはラップの後半が感触が良かった。つまりハミルトンはタイヤの温度が上がるのが遅く、タイヤのパフォーマンスをすべて引き出すことができず、結果として0.4秒も遅れてしまったのです。だからボッタスは1周アタックでもいけると判断し、ハミルトンは二回アタックした方が良いと判断しました。結果的にハミルトンが速かったのですが、ハミルトンの最後のアタックは、誰にも邪魔されない理想的なアタックだったので、必ずしもアタック回数だけが予選結果を決定したわけではありません。それにワンラップのアタックは燃料が少ないという利点もありました。ただボッタスも1回アタックの終盤にはもう一度アタックしたいと思ったと話しているので、この日は二回アタックの方がいい作戦だったのでしょう。つまりこの週末はそれだけタイヤの温度を管理するのが難しかったということでした。そしてそのタイヤ温度がレースではさらに大きな違いを生み出すことになります。

またメルセデスの2台は予選Q2とQ3の最後のアタックでミディアムを選択しました。予選Q1、2でソフトよりミディアムの方が感触が良かったからです。ライバルのフェルスタッペンはQ2をソフトでアタックしました。その為、スタートタイヤがメルセデスとレッドブルで別れました。

これはソフトでスタートした方が、蹴り出しが良くメルセデスを抜ける可能性があることから選択しました。さらにミディアムよりもソフトタイヤの方が温まりがいいので、レース序盤では有利という考えもありました。だからメルセデスもスタートではフェルスタッペンを警戒していました。レッドブルもミディアムの方がレースタイヤとしては適していることはわかっていましたが、メルセデスと同じことをしても勝ち目はないので、不利を承知でソフトスタートを選択しました。ただそのフェルスタッペンもタイヤから全ての能力を引き出すのが難しいコンディションでした。彼の予選最速タイムはQ1で記録しました。普通、予選はQ1からQ3へ向けてタイムがアップしていきます。予選後半の方がタイヤのラバーものってきます。にもかかわらずフェルスタッペンがベストタイムを更新できなかったところに、この週末の難しさがありました。

アルガルベサーキットは数週間前に路面を再舗装したばかりなので、路面がスムーズになり、油が浮いている箇所もあるなどとても滑りやすいコンディションでした。なので適正なタイヤ温度に上げるのがとても難しく、それがレースに大きな影響を与えました。リアタイヤはトラクションがかかるので比較的温めやすいですが、フロントタイヤは温めにくく、前後のタイヤ温度を適切にすることにも苦労していました。その点DASを持つメルセデスは有利でした。またとても寒い気温だったことも、タイヤ温度を上昇させるのをさらに困難にさせました。

ボッタスがハミルトンをパスし、後方から猛追するサインツ

▽大波乱のスタート
スタートではポールポジションのハミルトンはリードを守れましたが、2位のボッタスはダーティな路面サイドのスタートだったこともあり、フェルスタッペンに抜かれます。フェルスタッペンは温まりやすいソフトタイヤを履いていたことも有利でした。

ところがここでまさかの事態が起こります。マクラーレンのサインツがあれよあれよという間にトップに立ちました。これもタイヤの温度が大きく影響しています。レースのスタート前にはフォーメーションラップで1周走ってからグリッドに尽きますが、当然、グリッド前方のマシンは先に止まって待つことになります。すると当然タイヤは冷えます。つまりタイヤの温度に関しては後方グリッドの方が有利でした。しかもターン5辺りで小雨が降っていて、さらにタイヤ温度を奪ったので、最初のタイヤ温度の少しの違いが大きなタイム差を生み出しました。

この日も定位置の3位だったフェルスタッペンとシート喪失の危機にあるアルボン

ライコネンのオープニングラップの激走もそれで説明がつきます。サインツやライコネンは他のドライバーよりもフォーメーションラップでタイヤ温度を上げることに成功しました。タイヤの温度が高ければ、それだけコーナーで攻めることができます。攻めればさらにタイヤの温度が上がり、さらに速く走れるという好循環を生み出せます。とにかくタイヤの温度が上げにくいコンディションだったので、ほんの少しのタイヤ温度の違いが大きな違いを生み出した序盤でした。

とはいえ走り続ければタイヤの温度は上がってきます。そうするとマシンの純粋なパフォーマンスがタイムに表れてきます。またオーバーテイクが難しいと思われていたサーキットでしたが、意外とオーバーテイクができて、10周を超える当たりから上位はいつも通りの順位に戻っていました。サインツのリードも6周目にはボッタスに奪われてしまいます。

この時点でトップはボッタス、2位ハミルトン、3位はフェルスタッペンです。ただフェルスタッペンはソフトタイヤを履いていたので、タイヤ温度が上がったミディアムを履くメルセデスにはついていくことができませんでした。

この日は寒いコンディションと路面状況によりタイヤの温度を上げることも難しかったのですが、それを維持するのも難しい状況でした。そしてボッタスのタイヤ温度が徐々に下がっていき、ハミルトンはタイヤの温度を維持していました。さらにレース序盤はハミルトンの左フロントタイヤにグレイニングがでて彼を苦しめていましたが、そのグレイニングでささくれ立っていたタイヤ表面も徐々にきれいになっていき、タイムアップしてきました。そのため一時は引き離されたハミルトンでしたが、徐々に追いついてきて20周目にあっさりとボッタスをパスしてリードします。

史上最多勝記録を塗り替えたハミルトン

▽ハードかソフトかそれが問題だ
タイヤ交換時にハミルトンがハードタイヤに履き替えたと聞いたボッタスが、それならソフトにしたいと言いましたが、それはかなえられませんでした。フリー走行や予選でのソフトタイヤは非常に使いづらいことがわかっていたので、絶対にハードの方がパフォーマンスがいいとチームは確信していました。だからボッタスの希望は叶えることができませんでした。

ハミルトンがハードタイヤを履いた理由は、ソフトがいけてないというのもありましたが、そもそもワンストップでいくのか、ツーストップでいくのかは、レース前には判断がつきませんでした。多分ワンストップでいけるだろうという予想はありましたが、実際はスタートしてみないとわからないというのが本音でした。

ワンストップの場合、最初にミディアムを履いた後にソフトを履くと後半のスティントで長い距離を走ることができなくなります。レース前ではミディアムがこれほど長く持つとは思わなかったので、ワンストップでいくなら後半のスティントはハードの一択でした。ところが実際にミディアムで走らせているとタイムはいいし、持ちもよかったので、ハミルトンはタイヤ交換する前でもまだまだいけると話していました。それと先ほどから何度も話していますがソフトタイヤは使いにくいタイヤだったので、ミディアムスタートのチームは後半のスティントでハードを走らせたのです。

ただ問題なのはハードタイヤは温まりが悪いことでした。実際ボッタスはタイヤ交換後に遅いマシンを抜かなければなりませんでした。そうすると自分のペースで走れないのでタイヤも上手く温められません。タイヤが上手く温まらないとオーバーテイクも難しくなります。そうして瞬く間にハミルトンとの差は広がってしまいました。

とにかくこの日のレースは再舗装された路面に低い気温と時々ふる小雨もあり、タイヤ温度を上げるのも、保つのも難しいコンディションでした。速く走らなければタイヤ温度が上がりませんが、攻めすぎるとタイヤが滑ってグレイニングがでてタイムが遅くなる。タイムが遅くなるとタイヤ温度が下がる。でもタイヤ温度が保てれば速く走れるし、タイヤ温度を保つのも容易です。これがこの日のハミルトンとボッタスの大きな差になって表れました。

ただこれはたまたまハミルトンのタイヤの温度が高くて勝ったというわけではありません。ハミルトンは予選前にこの週末はタイヤの温度が鍵になると考えて、タイヤに熱を入れやすいセットアップにしていました。それは予選では妥協を強いられますが、レースではタイヤの温度を保つことができました。

ただ才能があるだけとか、速いだけとか、マシンがいいだけとか、運だけでは92回もGPで勝つことはできないのです。