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サインツ涙の初優勝への三つの幸運 イギリスGP観戦記

ついに150レース目での初優勝をとげたサインツ。しかしそれは長く険しい道のりでした。彼の勝利への希望は三回も消えかけそうでした。そこからの反撃で盛り上がりを見せたイギリスGP。レース直後の大クラッシュからSCからの最後のスプリントレースまで、サインツが初優勝への軌跡を振り返って見ましょう。

ついに初優勝をとげたサインツ。150レース目の歓喜でした

▽サインツ最初の幸運
予選はカナダに続いて雨の影響を受けました。Q3ではフェルスタッペンがポール確実と思われていましたが、ルクレールの出したイエローフラッグでタイムをロスして2位。ポールポジションはサインツが僅差で獲得しました。

ポールからのスタートで初優勝へ向かって独走と行きたかったところですが、その希望は瞬く間に崩れ去ります。ミディアムを履いたサインツに対して、フェルスタッペンはなんとソフトタイヤで勝負に出ます。スタートで前に出てフリーエアで走れれば2ストップにしても逃げ切れると考えました。

動き出しはほぼ互角だったのですが、そこからの加速は明らかにフェルスタッペンが良くて、すぐにリードを奪います。これでサインツはせっかくのポールの優位性を早くも失います。ところがガスリーとラッセルとジョウが絡んだクラッシュで、ジョウのアルファロメオはひっくり返りタイヤバリアも飛び越えてフェンスにぶつかり着地しました。これで即赤旗中断になります。サインツが幸運だったのは、すぐに赤旗中断になったことです。

FIAのルールでは、赤旗中断後のスタート順位は、赤旗が出たときの前のポイント(タイム計測をする場所)をリタイヤしたマシンを除いた全マシンが通過した順位で始めると定められています。赤旗がでた時、オコンと角田は接触の影響で遅れており、まだ最初のポイントであるピット出口までたどり着いていませんでした。そのため、再スタートの順位はスターティンググリッドに戻されました。これでサインツは再びポールからスタートできる幸運に恵まれました。逆に新品のソフトでトップにたったフェルスタッペンは2位スタートに逆戻りしてしまったので、ミディアムスタートに変更します。

2度目のスタートでフェルスタッペンを抑えにかかるサインツ。トップを絶対に譲らないぞという強い意志を感じました

そして2度目のスタートです。今回もフェルスタッペンの加速が鋭く、ポールのサインツに並びかけますが、サインツは情け容赦なくピットウォールにフェルスタッペンを追いやります。そしてターン1でイン側の縁石に乗り上げたフェルスタッペンは2位になり、サインツはレースをリードします。

それで失速したフェルスタッペンは2位を狙うルクレールとペレスのバトルに巻き込まれタイムを失い、サインツは1周目(実質は3周目)の終わりまでに1秒の差を付けます。しかしその後、2台の差は広がらず今度はフェルスタッペンが逆襲します。

実はサインツはこの第一スティントでマシンの状態に満足できていませんでした。FP3でコーナーリング中にポーパシングが発生していて、それを修正しようとセッティングを変更しましたが、予選が雨になりそれが直ったかどうかはわからないままでした。そしてこの第一スティントでサインツは同様のポーパシングを感じペースを上げられない状態でした。そのためコーナーでリアが不安定になり、さらにフェルスタッペンの追撃をかわすために高速コーナーでのアンダーステアとも格闘しなければなりませんでした。

この日のハミルトンはフェラーリに匹敵するペースがありました。完全復活まであと一歩でしょう

▽サインツ2度目の幸運
そして10周目にサインツはベケットでオーバーステアとなり、突然左に曲がってランオフを通過してしまいます。フェルスタッペンはこのチャンスを逃さず、ハンガーストレートで勢いのないフェラーリの脇をすり抜けて、悠々とトップに立ちます。今週末、もっとも速かったフェルスタッペンが前に出ればサインツに勝ち目はないように見えました。しかしここで2度目の幸運がサインツに訪れます。

フェルスタッペンがトップにたってわずか2周後の12周目に突如ペースダウン。あっさりと2台のフェラーリにかわされます。

グリップを失ったと感じたフェルスタッペンはタイヤがパンクしたと考えました。ところがチーム側はタイヤの空気圧のデータに変化はなく、それには疑問でした。ただフェルスタッペンがパンクしたと伝えてきたのと、フェラーリに抜かれたのがピット入り口の手前で、そのままピットへ飛び込んできたので、原因がわからないままタイヤ交換をしたのが真相です。

ところがタイヤ交換してコースに戻ってもフェルスタッペンのペースは上がりません。この時点では理由はわかりませんでしたが、フェルスタッペンのダウンフォース量が失われていることはデータからも明らかでした。レース後に確認したところ、アルファタウリ同士の接触で、落としたガスリーのリアウイングのエンドプレートの一部(かなり巨大です)をフェルスタッペンが通過した際、アンダーボディにそれが引っかかり、空気の流れを妨害していたことがわかりました。

勝てるレースを不運で落としたフェルスタッペン。しかしそれでも7位でダメージを最小限に抑えるのはさすがチャンピオンです

ちょうどのその前にガスリーと角田が接触したときに落としたデブリをフェルスタッペンが通過してしまっていて、その時はもうコーナーリング中だったので避けることができず、そのまま真っ直ぐ乗り上げてパンクを防ぐのが精一杯の回避でしたが、そのせいでマシンの下側にデブリを挟み込んでしまいました。

これで約20%ものダウンフォースを失ったフェルスタッペンは優勝争いから脱落します。それでもフェルスタッペンはなんとか走り続け7位入賞をして、ダメージを最小限にすることができました。

ルクレールは1周目(実は3周目)のペレスと3位争いをしたときに接触し、フロントウィングのエンドプレート破損。ただ幸運にも失ったダウンフォースは少なくペースは維持できていて2位に付けていました。これでサインツとフェラーリの1-2体制となり3位にはハミルトンが付けます。

これであとは悠々とフェラーリの1-2かと思われましたが、ハミルトンがそれを許しませんでした。

エンドプレートを破損したにも関わらずルクレールは速いペースを維持しますが、サインツを抜くまでにはいきません。そうしている間にハミルトンがそれ以上のペースで徐々に追いついてきます。

そこでペースの上がらない20周目にサインツをピットに入れてハードに交換します。そして25周目にルクレールもタイヤを交換しハードへ。だがアンダーカット効果の大きいシルバーストーンではルクレールはサインツをかわすことはできず、逆に2.2秒と差を広げられてしまいます。

日曜日は涼しくハードタイヤを適切な温度に上げるのは難しかったですが、一度温度を上げられればコンスタントなタイムを記録することが可能でした。失ったフロントのダウンフォースを回復するために、タイヤ交換時にフロントウィングを修正したルクレールは徐々にサインツに迫りRDS圏内に迫ります。

またもチームの判断ミスに泣いたルクレール。文句のひとつもいいたくなりますよね

ルクレールはペースの速い自分を前に出すべきだと主張し、チームはサインツにもう少し速く走るように指示が出ますが、ハミルトンとの差は縮まるばかりでしたので、31周目にはそれが認められ、サインツと順位入れ替えます。しかもサインツは燃料が厳しくなりリフトアンドコーストをしなくてはならず、ハミルトンとの差は瞬く間に1.9秒差にまで縮まります。

これでサインツの初優勝はまたも消え去る寸前までいきました。ところがここでサインツに3度目の幸運が舞い降ります。

▽サインツ3度目の幸運
39周目に7位を走行していたオコンが燃料ポンプのトラブルでコース上にストップ。この時オコンがコース外に止めていればイエローフラッグやVSCで済んだかもしれません。しかしオコンはメインストレート上でストップ。本人的にはピット出口まで行こうとしたのかもしれませんが、その前にマシンは勢いを失いストップします。これでSCが出動します。

この時、トップのルクレールはピットエントリー入口の数秒手前でした。その為フェラーリはルクレールのタイヤを交換するかすぐに判断しなければなりませんでした。2位のサインツとの差は3.5秒しかありません。ダブルストップした場合、サインツは待たされてタイムロスするかもしれません。サインツと3位のハミルトンとの差は1.5秒。その場合はサインツとハミルトンは順位が入れ替わる可能性がありました。

そこでフェラーリはタイヤ交換時期が遅かったルクレールをステイアウトさせ、サインツをピットに入れます。そしてハミルトンもそれに続きます。2台は新品のソフトタイヤを履き、再スタート後のスプリントレースに備えます。一方のルクレールは古いハードタイヤを履いてコースに留まりました。

そして43周目にレースが再開されます。残り10周のスプリントレースです。フェラーリは当初ソフトタイヤは0.5秒速く、デグラも大きいのですぐにハードタイヤと同程度までタイムを落とすと考えていました。なので最初のアタックをしのぎきればルクレールはトップを守れると思っていました。ところが実際には新品のソフトは1秒も速く、レース終盤で燃料も軽くなり、路面のラバーも乗った状態だったので、ソフトのデグラは想定より少なく、フェラーリの予想は裏切られます。

シルバーストーンのコース図

サインツは当初、少し遅く走りハミルトンを抑えるように指示されますが、そんなことをしたら自分も抜かれるし、自分が抜かれたらクルレールも抜かれるので指示を拒否します。そしてレース再開後にルクレールを抜き、フィニッシュまで3.9秒の差を付けて真っ先にチェッカーフラッグを受けました。

タイヤが圧倒的に不利な状況でもルクレールはハミルトンとペレス(新品ソフト)と表彰台を目指してバトルをします。最終的には4位になりましたが、そのドライビングは褒め称えられるべきでしょう。まるで昨年の最終戦を思い出させるレースでしたね。

それにしてもこのルクレール、ペレス、ハミルトンのバトルは見応えがありました。高速のマゴッツ・ベケッツ・チャペルで僅差でのバトルは見ていて楽しかったですね。これは今年の鈴鹿(のS字)も楽しみです。

こうしてSCが出たので燃料をセーブできた、サインツは念願の初優勝を自身の150レース目で飾り、オープニングラップで最後尾まで落ちたが驚異の追い上げで2位はペレス、3位はハミルトン、頑張ったルクレールは失意の4位に終わりました。

▽フェラーリはまた判断ミスをしたのか
ただこのルクレールをステイアウトし、サインツをタイヤ交換するというフェラーリの判断は正しかったのでしょうか。後から考えるとこの時、2台を同時にタイヤ交換するのが一番良かったと思います。そうすればサインツはハミルトンの後ろになるかもしれませんが、新品のソフトがあれば少なくともペレスと3位を掛けて争えていたでしょうし、2位を目指してハミルトンと争うこともできたでしょう。

イギリスGPタイヤ交換時期リスト。上位陣ではルクレールだけSC時にタイヤ交換していないのが目立つ

そもそもこの日は、サインツよりハミルトンはペースが良かったのですから、最悪の場合(サインツが指摘したように)ハミルトンがサインツを抜けば、ルクレールも抜かれるわけで、そうしたらハミルトンが勝っていた可能性もあるわけですからね(そうしたら地元のファンは歓喜だったでしょうけどね)。

2台ともタイヤ交換すれば、少なくともルクレールは新品のソフトを履いて、トップでレースに戻れました。もしハミルトンがタイヤ交換せずにステイアウトしても、新品ソフトのルクレールは抜く可能性は高かったでしょう。

ルクレールが優勝すれば7位に終わったフェルスタッペンとの差を19ポイント縮められました。ところがルクレールが4位に終わったのでたったの6ポイントしか迫ることができませんでした。

雨の予選でイエローフラッグによりポールを阻まれたフェルスタッペン

ここまでのポール獲得数、優勝数、ポイント数のどれをとってもルクレールはサインツを上回っています。にもかかわらずこのような結果を招くのは、理解に苦しみます。

これがレッドブルならなんの問題もありません。フェルスタッペンだけタイヤ交換されるか、2台ともタイヤ交換させるかで、ペレスだけタイヤ交換する選択肢は彼らにはありません。良いとか悪いとかではなく、速いドライバーが偉いというのがF1界の掟だからです。

確かに過去にはセナとプロストやハミルトンとロズベルグなど、チームメイト同士でバトルをさせたことがあります。ただこの時はこのチームのマシンが他を圧倒していて、どちらからがチャンピオンになるのがわかっているから、2台を争わしていました。

過去の例を見てもわかるように、1ポイント差でチャンピオンが決まることもある世界です。しかもフェラーリはレッドブルを追う立場です。ポイントを失っている余裕はないはずです。ルクレールがレース後、気分を害するのもわかります。

見ている分には、フェアにドライバー同士が争うのは楽しいですし、いつ見ても初優勝のドライバーを見るのはうれしいものです。今回のサインツの初優勝も心から喜んでいます。でも今回のフェラーリの判断にはまたまた疑問があるのも事実です。

イギリスGP最終結果
2022年 ドライバーズランキング