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フェルスタッペンを追い詰めたメルセデスの計算されたギャンブル オランダGP観戦記

ポールから独走し地元オランダで楽勝するはずだったフェルスタッペン。それに待ったをかけたのは、フェラーリではなく今シーズン苦しんできたメルセデスでした。タイヤのデグラデーションが厳しく誰もがツーストップを想定していましたが、彼らが選択したのはハードを使うワンストップ。なぜメルセデスがギャンブルを仕掛け、それを成功させる一歩前までフェルスタッペンを追い詰められたのか、オレンジ色に染まったオランダGPを振り返りましょう。

地元オランダで勝利を収めたフェルスタッペンだが、ベルギーGPほど楽勝ではなかった

スタンドがオレンジ色に染まっただけでなく、発煙筒で空もオレンジ色に染まったオランダGP。しかしフェルスタッペンにとって出だしは順調ではありませんでした。FP1で走行開始直後にマシンを止めて(ギアボックストラブル)、その後必要な走行ができませんでした。そのためフェルスタッペンはFP2でもタイムが上がらず8位、金曜日の夜にセットアップ変更をして土曜日の予選に臨みます。

一方、スパでは苦戦したライバルのメルセデスとフェラーリはハイダウンフォース仕様のマシンと下げた車高にご機嫌でした。マシンの細かいバランスについては改善の余地はありましたが金曜日の時点では、スパとは違いレッドブルと戦えます。

土曜日に行われたオランダGPの予選で、マックス・フェルスタッペンとシャルル・ルクレールの間にはわずか0.021秒しかありませんでした。Q3最後のアタックでルクレールはとてもいい走りをしましたがターン10でリアを失いタイムロス。ハミルトンも素晴らしい走りを見せポールへ限りなく近づいたのですが、セクター3でペレスが止まりイエローフラッグが出てアクセルを戻し大きくタイムを失い0.3秒差の4位になりました。フェルスタッペンも完璧なラップではありませんでしたが、それでも僅かの差でポールを獲得。この3人は、誰がポールをとってもおかしくない展開でした。

レースはフェルスタッペン、ルクレール、サインツ、ハミルトンの順でスタートします。グリッドではフェルスタッペンとルクレールは共に相手の走行ラインに向けてマシンを並べ、スタート前から2台は火花をちらします。スタートの蹴り出しは、ほんの少し(中古ソフトの)ルクレールが勝っていましたが、新品のソフトを履く情け容赦のないフェルスタッペンはすぐにイン側を抑えターン1で有利なポジションを得てトップをキープします。

フェルスタッペンをあと一歩まで追い詰め今シーズン初勝利が少しだけ見えたハミルトン

その後ろではハミルトンがルクレールに前を抑えられてスピードの落ちたサインツに対して、ターン1で攻め立て、かすかに接触しますが2台共、大きなトラブルもなく走行を続けられました。ただハミルトンはフロントウィングの翼端板に少しダメージあり、タイヤにカットの傷跡が残っていました。もしここでハミルトンのタイヤがパンクしていれば、このあとのオランダGPの展開は大きく変わることになったでしょう。ただしここでハミルトンがサインツを抜けなかったことは後々、大きな意味を持つことになります。

レース序盤、ルクレールはフェルスタッペンに食らいつきます。フェルスタッペンはオープニングラップで0.7秒の差をつけると3周目には1.5秒の差をつけます。しかしそこからルクレールは巻き返しその後の3周で1.1秒差まで巻き返します。フェルスタッペンも負けてはいません。ポケットに残してあったパフォーマンスを取り出し次のラップで0.6秒引き離します。こうしてレース序盤はフェルスタッペンとルクレールの一騎打ちという様相でしたが、その後ろでメルセデスが着々と逆襲の準備をしていました、

14周目に上位陣では3位のサインツが最初のタイヤ交換をします。4位を走るハミルトンのアンダーカットを警戒したらしいのですが、ミディアムを履くハミルトンがソフトを履くサインツをこの時点でアンダーカットすることは想定しにくく、いつものフェラーリの謎判断でしたが、それでもサインツはタイヤ交換をして、ここで大きくレースが動きます。

急なタイヤ交換の指示でピットに戻ってきたサインツでしたが、なんと左後輪のタイヤが準備されていません。確かにサインツにタイヤ交換のコールが出たのはピット入口ギリギリでしたが、他の3本のタイヤは準備されているのですから、1本だけ準備されていなかった理由がわかりません。代表のビノットはメンバーは優秀だと庇っていますが、メンバーが優秀なのにミスを連発するのは、リーダーに問題があるのではと、突っ込み入れたい気分になります。こうしてサインツは12.5秒のタイムを失い、優勝争いからは後退します。しかしこのサインツの早めのタイヤ交換はハミルトンにとっては幸運でした。

スタートでルクレールを抑えたフェルスタッペン。その後ろではドラマが起きていた

アロンソが12周目にタイヤ交換し、ハードを装着していまいした。ほとんどのチームはこの週末ハードは捨てタイヤと考えていました。今回持ち込まれたハードはC1という五種類のタイヤのうち一番硬いコンパウンドです。硬すぎて動作温度領域に上げるのが難しいと考えたからです。ところがその予想は覆されます。アロンソは1分16秒半ばといういいタイムで走り続けます。しかもハードはほとんどデグラがなく、ラップタイムは非常に安定していました。

レース序盤はフェルスタッペンについていたルクレールですが17周には二人の差は8.1秒まで開きました。ここでルクレールがソフトからミディアムに交換。その次のラップにフェルスタッペンが同じくミディアムに交換して、この2台は当然ながら2ストップがほぼ確定です。

これでトップに立ったハミルトンは16秒台のハイペースでラップを重ねます。ミディアムを履くフェルスタッペンがそのままフィニッシュすることができないのは明らかでした。しかし、メルセデスは2台ともハードを履いてワンストップを実現しようとしていました。

29周目にハミルトンがピットストップを行い、その2周後にラッセルもピットストップを行ないました。フェルスタッペンとハミルトンの差は、ハミルトンが再スタートした時点で20秒。

しかし、ここからハミルトンが飛ばし始めました。その要因はただひとつ、予想を大きく覆しハードがこの日のベストタイヤだったからです。FP2のロングランでハードの使用を検討したチームがなかったため、メルセデスがワンストップのためにこのラバーを使用したのは、ラッセルいわく「ギャンブル」のようなものでした(ただしハードを履くアロンソのペースを見てエンジニアは確信していたと思います)。

ピレリのマリオ・イソラによれば、ザントフォールトの路面が週末とレース中に進化してきたとき、ハードタイヤは「劣化がゼロに近かった」と述べました。

ミディアムタイヤでのペース不足で勝利から遠ざかったルクレール

「ハードは非常に安定していたので、マネージメントなしでプッシュすることができた」と彼は説明し、ハードとミディアムの究極のペース差は0.5秒で、事前の予想である1.2~1.3秒ではなかったと付け加えた。「でもミディアムとソフトでは、明らかにマネージメントが必要だった」

「レッドブルとフェラーリが予想通り2ストップ作戦に出た場合、1ストップ作戦を成功させるのが我々のプランだった」とメルセデスのエンジニアリングディレクターであるアンドリュー・ショブリンはレース後説明しました。「そうすれば、優勝争いに加わる可能性が最も高くなるから」。

ハミルトンのタイヤ交換直後のフェルスタッペンとの差は19秒ありました。ここでフェルスタッペンがタイヤ交換すればトップで戻れますが、ハードをまったく信頼していないレッドブルはこのまま走らせます。ハードに履き替えれば3位のハミルトンとは同じ条件であり、同じ条件であればメルセデスよりレッドブルのほうが速く走れます。

しかしこの時点でフェルスタッペンは2位のルクレールと戦っていて、まだハミルトンを警戒はしていませんでいた。ミディアムを履くフェルスタッペンがハードを履くハミルトンを引き離して、もう一度タイヤ交換しても1位でレースに復帰できるとメルセデス以外の全員がそう信じていました。

その後しばらくは、11周古いミディアムを履くフェルスタッペンとハミルトンとの差は18秒でほとんど変わりません。ところが40周目を過ぎるとフェルスタッペンのペースが落ちてきて、ハミルトンとの差が18秒を切り、トップで戻れなくなりました。ハミルトンはフェルスタッペンとの差を縮めることができるほどペースが上がっていました。デグラデーションがなく、ラッセルによればメルセデスは「完全にフラットアウト」でした。

ピレリタイアのピットストップリスト

この時点でレッドブルは自分たちが直面している課題を理解していました。

「ハードに交換した時点で、彼らのペースにかなり興味を持ったよ」とフェルスタッペンはメルセデスについて語りました。「だって、僕は決してハードタイヤには乗りたくなかったから。でも、ラップタイムを聞いたとき、”かなり速いな “と思った。そして、少しプッシュアップしようとしたんだけど、それでもコンマ数秒速かったんだ。彼らがハードを使えるようにしたのは、とても驚いた」

レッドブルのクリスチャン・ホーナーも、「2回ストップしたほうがレースは速かった」と説明する。「マックスは新しいソフトのタイヤセットを持っていて、それを使うことで戦略的にベストなスタートを切ることができたし、最初のスティントで使うことで有利にレースを進めることができた」

「メルセデスのペースはハードタイヤではかなり強いように見えたが、彼らはハードタイヤで長いスティントをこなしていた。あの時点では、私達は(フェルスタッペンが予定していた2回目のピットストップで)ソフトタイヤに戻すつもりだった。おそらくトラックポジションは譲ることになるだろうけど、抜けるだけのペースはあるだろうと思った」

その後、フェルスタッペンは2回目のピットストップを行ったが、それは彼が望んでいたタイヤではなかったし、彼とレッドブルが予想できた状況でもありませんでした。

ただ楽勝ムードから一転レッドブルはベストパフォーマンスを求められる苦境に陥りました。タイヤ交換すれば確かにより若いタイヤでコースには戻れますが、この日絶好調のハミルトンをコース上で抜かなければなりません。

ここでレッドブルは、できるだけ長くフェルスタッペンを走らせてVSCやSCが登場を待ちつつ、最後のスティントでソフトを履くという作戦でした。ただスティントを伸ばせばフェルスタッペンがコース戻ったときのハミルトンとの差は大きくなりますし、最後に追いかけるための周回数も少なくなります。レッドブルの決断の時は迫っていました。

そんな44周目、フェルスタッペンのハミルトンに対するリードが14.7秒に縮まったところで、角田裕毅がターン4の出口でアルファタウリを停止させます。しかし角田は停止したときにマシンから降りようとして、シートベルトを緩めました。そのまま再スタートしたためピットに戻ってベルトを締め直さなければならず、その結果スチュワードから厳重注意を受けました。

シートベルトを締め直した角田はピットアウト後、再び「片輪だけホイールスピンしているような感じ」「ドリフトしている」「ストレートでカウンターステアしている」と感じたと言います。そしてついに角田はアルファタウリから、4コーナーを回ってコースの反対側で停車するよう指示されました。その後、スチュワードの調査によりシートベルト違反した直接の原因は「ディファレンシャルに問題がある」ことが判明しました。

レース終了直後では、アルファタウリは何が問題だったのかを独自に調査しており、その後、チームメイトのピエール・ガスリーに同じ問題を避けるために複雑なステアリングホイールのデフォルト調整を行うように指示しました。

角田の2度目の停止により、FIAはバーチャルセーフティカーを導入し、フェルスタッペンはすぐさまピットへ向かいます。レッドブルが待ちに待ったVSCです。

47周目に角田がコース脇にマシンを止めてVSCが出たときのフェルスタッペンとハミルトンとの差は13.7秒でフェルスタッペンが普通のレーシングスピード時にタイヤ交換すれば、ハミルトンの6秒ほど後ろで戻る計算でしたが、VSCでロスタイムが6秒減算されたので、フェルスタッペンはタイヤ交換してもトップで戻れました。メルセデスの賭けは予想外の出来事で水泡に帰しました(予選に引き続きまたもレッドブル関連のマシンが理由で)。

仕方なくワンストップ作戦を諦めたメルセデスも2台のタイヤ交換をして、ミディアムで走ります。フェルスタッペンはハードタイヤです。このVSCの解除された時点ででフェルスタッペンとハミルトンとの差が15秒もあり、マシンの実力差を考えれば最後のタイヤ交換も終わり勝負ありと思われましたが、最後にもう一波乱がありました。

なんとフェルスタッペンよりハミルトンのほうがペースがよく、54周目には11.4秒差までハミルトンが追いついてきます。新品ミディアムのハミルトンの方が新品ハードのフェルスタッペンよりも速かったのです。タイヤ的にはこの通りなのですが、この日のハードはミディアムとペース的にはほとんど差がありませんでした。ただ問題はハードはほとんどデグラがありませんが、ミディアムはあります。どこまでハミルトンはこのペースを維持できるかが焦点でしたが、ハミルトンのタイヤを持たす技術が超一流なのはみなさんもご存知だと思います。

ザントフォールトサーキット コースレイアウト

ところがそんな二人のバトルに水を差すように、55周目にボッタスのアルファロメオがコース上に止まり、SCが登場します。この時点で二人の差は10.7秒差でタイヤ交換するかどうか、難しい判断を強いられます。

当初メルセデスは2台共タイヤ交換をしない判断をしました。正確にはハミルトンはフェルスタッペンとは逆の選択をするように指示がでていました(フェルスタッペンがステイアウトなら、ハミルトンはピットへ、フェルスタッペンがタイヤ交換ならハミルトンはステイアウト)。まるで昨年の最終戦を思い出させるシーンでした。

タイヤ交換をしたフェルスタッペンはラッセルの後ろにいたので、ラッセルが少しでもフェルスタッペンを抑えておけば、ハミルトン勝利の確率は高まります。ただラッセルはソフトタイヤを履きたいとチームに訴えます。再スタート時にミディアムタイヤでは不利で、後ろから来るソフトを履いたフェルスタッペンやルクレールを抑えるのが難しいと考えたのです。

ただチームからの指示はステイアウトでしたし、実際最初のピットレーン入口でラッセルは入ることはありませんでした。しかしそれでもラッセルはチームにソフトに代えたいと訴えます。ラッセルは自分のミディアムはスライドし始めているとまで訴えてタイヤ交換をしようとします。そこでチームはラッセルにピットインしろと指示を変えました。ただその時、ラッセルはピットレーン入口を過ぎようとしていましたが、幸運なことにセーフティカーがピットレーンを通過したのです。

当然後続のマシンもピットレーンを走行します。なので遅いタイヤ交換の指示でしたが、ラッセルはピットに向かうことに成功しました。さらにラッキーなことにピットレーンを通過したので、ラッセルのロスタイムはタイヤ交換するタイムだけのロス(つまり3秒ほど)ですみました。このため順位を失うことなく隊列に戻ります。ここでメルセデスは珍しく間違いを犯しました。ラッセルに最大限遅く走らせてフェルスタッペンを抑え込むと同時にハミルトンのタイヤを交換してもハミルトンはトップで戻れていた可能性がありました。そうすればダブルストップも可能です。もしハミルトンがトップで戻れなくても同じソフトを履いて最後の勝負ができます。

しかし結果としてラッセルはタイヤ交換してソフトを履いたものの順位を失い3位になり、2台の作戦が分かれることになりました。古いミディアムを履いたハミルトンは誰の防御を得ることもなく、ソフトを履いたフェルスタッペンの脅威にさらされることになったのです。

それにしてもエンジニアでも難しい判断をラッセルがこの時点でした彼の冷静さは驚きですね。普通はピットに指示に従うだけのドライバーが多いですし、ハミルトンも今回指示に従っています。

もしここでハミルトンもタイヤ交換していれば、恐らく最悪メルセデスは2位と3位でフィニッシュできていたと思います。ただ優勝できる僅かな可能性を信じて、ハミルトンが表彰台を逃すリスクを承知の上でステイアウトさせる判断をしました。

ザントフォールトは追い抜きが簡単なコースではないので、ハミルトンが順位を守れる可能性もありましたが、61周目のSC空けの再スタート時にハミルトンはエンジンをレースモードにするのが一瞬遅れて加速が鈍ります。そこに中古のソフトタイヤ(と強力なホンダのPU)を履くフェルスタッペンが強力な加速を生かしてストレートで抜き、あっさりと首位の座を取り戻しました。その後は順調に差を広げたフェルスタッペンがオランダ国民の前で勝利しました。

どこまで行ってもオレンジ色なザントフォールト。オランダ国旗のコレオも素敵でした

ではもしVSCやSCが出なければ、ハミルトンは勝てたのでしょうか?可能性は合ったと思います。先程も述べたようにザントフォールトは追い抜きが不可能ではありませんが、簡単でもありません。6秒遅れでコースに戻ったフェルスタッペンがハミルトンに追いつくことはできたでしょう。ただこの日のハードタイヤはとても安定していて、デグラもほとんどない状態でしたので、20周近く古いハードを履くハミルトンとフェルスタッペンのタイム差は殆どなかったと予測できます。ただストレートスピードはフェルスタッペンのほうが速いので、DRSを使えば最終的にはオーバーテイクできたのではと思いますが、

ただしここにもうひとつのIFがあります。それはスタート直後にサインツを抜けなかったハミルトンはストレートスピードが不足していて、なかなかサインツを抜けませんでした。そのためサインツがタイヤ交換する14周目までにハミルトンは約10秒ほど失っていました。もしスタート直後にハミルトンがサインツを抜けていればフェルスタッペンがタイヤ交換して戻っきたときの2台の差は16秒。いかに速いフェルスタッペンでも残り20周あまりで追いつくのは容易ではありません。

多くの「もし」がありました。ハミルトンがポールからスタートしていれば、オープニングラップでサインツを抜いていれば、VSCが出ていなければ。ただ今のメルセデスがフェルスタッペン勝つには、実力以上の運も必要でした。そしてこの日、その幸運は地元オランダ人のフェルスタッペンに微笑んだということでしょう。

オランダ人による、オランダ人のためのオランダGPが終わりました。オレンジ色に染まった観客は満足して家路についたと思います。なんか本当に羨ましいですね。日本でもスタンドが白と赤に染まり日本人ドライバーが優勝する日が来る日を願って、この観戦記を終わりたいと思います。(多分私が生きている間は、実現できないと思うので若い人に未来を託したいと思いますww)

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