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不可能に挑戦したハミルトン USGP観戦記

マックス・フェルスタッペンがタイヤ交換の失敗から挽回してシーズン最多勝に並んだアメリカGP。チームを創設以来支えてきたレッドブルの創業者ディートリッヒ・マテシッツがオースティンのレースウィークエンドに亡くなった悲しみを乗り越えたレッドブルがコンストラクターズタイトルも確定したアメリカGPを振り返りましょう。

フェルスタッペンと激闘を繰り広げたハミルトン。優勝は逃しましたが、さすがの走りでした

レッドブルの創設者であるディートリッヒ・マテシッツが死去し、それを予選後に聞いたフェルスタッペンはショックを受けました。動揺していた土曜日から一夜明けたアメリカGPの決勝レースで、彼は長年の恩人に勝利を捧げることができました。ただその道のりは簡単ではありませんでした。

予選では、フェラーリとレッドブルは僅差でした。ターン1と最終コーナではフェラーリが速く、ストレートではレッドブルが速く、セクター1と3のコーナーでは両者はほぼ互角でした。ただターン1と最終コーナではフェラーリが少し差をつけ、フェルスタッペンを3位に抑えて、フロントロウを独占しました。

ルクレールが最終コーナーで少しミスをして0.1秒失った為、サインツがポールポジション。2位グリッドはルクレールのはずでしたが、ルクレールはPUのコンポーネントを交換し、10グリッド降格のペナルティを受けて12位からのスタートとなります。これはフェルスタッペンにとっては幸運でした。サインツが彼より前からスタートするとはいえ、2位グリッドの前の視界は開けていたからです。

実際、赤いライトが消えると蹴り出しはサインツとフェルスタッペンはほぼ互角でしたが、その後の加速の伸びはフェルスタッペンが優れており、ターン1の入口ではフェルスタッペンが先行します。ただイン側から突入したフェルスタッペンは立ち上がりが厳しく、加速が鈍ります。一方のサインツはアウトから入ったので、立ち上がり加速は優れています。

いつものように予選では速かったが、決勝レースではサインツを1周目に失い、ルクレールは3位が精一杯だったフェラーリ

ただサインツの前にはフェルスタッペンがいるので、それを避けるべくイン側にマシンを振ったら、そこにラッセルがいて接触、スピンして最後尾にまで落ちます。さらに不運なことにラッセルと接触した際に、ラジエターを破損。冷却水が漏れたため、なんとポールスタートのサインツが1周でリタイヤすることになりました。フェラーリの勝利の望みはスタートで一瞬にして消え去ってしまいました。

「僕は最高のスタートではなかった」
1周目の終わりにリタイヤしたサインツは語ります。

「マックスのスタートは僕に比べれば良かったど、僕もそれほど悪くなかった。マックスとバトルしている最中に、そのバトルに加わっていない人が突然現れて、僕にぶつかってきたんだ……」。

このアクシデントにより、ラッセルは最初のピットストップで5秒のペナルティを科され、優勝争いからは後退しますが、このペナルティは少し厳しすぎるような気がします。サインツが急にイン側に移動してきたので、ラッセルは避けようがなかったと思います。

この時、ラッセルと並走していたハミルトンはサインツのスピンにも巻き込まれず2位に上がり、優勝争いに絡むことになります。予選で4番手のはずだったペレスもPUユニットの交換で9番グリッドに後退していて、このレースでアップデートを持ち込んだメルセデスのハミルトンにとってはビッグチャンスとなりました。

しかし、第一スティントではフェルスタッペンが優勢で、ハミルトンはフェルスタッペンに追いつくことができません。毎周0.3秒の差をつけられ、10周で4.4秒のリードを築かれました。ここでメルセデスはハミルトンを12周目にピットに呼び戻しミディアムからハードタイヤの交換します。

「アグレッシブな作戦だった」とハミルトンはチームの戦略について語ります。メルセデスは中高速コーナーが多いオースチンではタイヤへの負荷が高く、タイヤのデグレは大きく、アンダーカットの威力が大きいことを熟知していました。

タイヤ交換に手間取る不運すら自ら乗り越えて勝利したフェルスタッペン。彼を止めるものはありません

しかし、タイヤ交換後にハミルトンがペレス、ストロール、ルクレール、ベッテルの後ろで戻ると、この判断は裏目に出たように見えました。ハミルトンの1周後にフェルスタッペンがカバーするために同じくハードに交換しますが、ハミルトンが渋滞に巻き込まれていたのでに5.7秒の差をつけ、再び走り始めます。

ペレスとストロールがピットインし、16周目のターン1でハミルトンがベッテルを抜くと、フェルスタッペンのリードは6.3秒となり、これがこの日の最大のリードとなります。ルクレールはまだタイヤ交換をしていませんでしたがフェルスタッペンの後ろで2位を走っていました。そしてフェルスタッペンがタイヤ交換してから5周後に大きくレースが動きます。

13番手を走行しガスリーを猛追していたボッタスは、18周目にターン19で突風に巻き込まれ、アルファロメオのリアを失いスピン。クラッシュはしませんでしたが、グラベルに捕まって動けないマシンを移動させるためにセーフティカーが導入され、フェルスタッペンのリードは一瞬にして失われました。

この時点でまだタイヤ交換をしていなかったルクレールは、幸運にもロスタイムを通常より10秒も少なくタイヤ交換して4位でコースに戻り、しかも上位との差はなくなりました。

セーフティカーは3周とどまり、22周めにレースが再開します。フェルスタッペンはすぐさまハミルトンを引き離しDRS圏外に逃げました。しかしすぐにこの日の最も大きなクラッシュが発生し、レースは再び中断します。

バックストレートでストロールを抜こうとしたアロンソが接触して激突します。ストロールは1周目のターン1の混乱を上手く抜け出し3番手まで浮上していましたが、その後ペレスとルクレール抜かれ、さらにチームメイトのベッテルがボッタスのセーフティカー導入の直前にストップしたことでさらに順位を下げ7位を走っていました。

USGP コースレイアウト

8位のアロンソはリスタート後の長いバックストレートでストロールを追いかけると、すぐさまストロールのマシンの後方に付きスリップに入ります。アロンソはストロールに追いつくまでそのまま走り続け、ぶつかる直前で左に移動し抜こうとしました。しかし、その瞬間にストロールが同じように左に動いたため、アロンソはストロールの左リアに激突してしまいます。

ストロールは大きくスピンして止まります。ただアロンソはフロントが大きく浮き上がり、コース内側のバリアに激突しましたが、奇跡的に彼のマシンはフロントウイングが破損し、ミディアムタイヤがダメになった程度でダメージはほとんどなく、アロンソはピットレーンで素早く修復し、7位でフィニッシュします(レース後アロンソの右ミラーが脱落したことが危険と判断されて15位フィニッシュとされた)。

ただこのときのストロールの動きは結構危険でした。まだコーナーはかなり先だったので、アロンソが抜く直前でコースを変えるのは危険です。せめてもう少し前に進路変更をするべきでした。一歩間違えれば大惨事になる可能性がありました。この二人は来年チームメイトになるのですが、大丈夫ですかね。

このクラッシュで過失が認められ、今週末のメキシコGPで3グリッド降格ペナルティを受けるストロールの残骸と破片を取り除かなければならなかったので、再びセーフティカーが3周にわたり登場し、26周目にレースが再開されます。

ここでもフェルスタッペンは再スタートに集中しリードを維持しましたが、その後は最初のスティントのようにハミルトンを振り切ることはできませんでした。二人の差は31周目には2秒台に広がりますが、その後ハミルトンが反撃を開始します。この日のメルセデスはハードではレッドブルを上回るペースがありました。

フェルスタッペンは「風のせいで少しトリッキー」と感じており、またエンジンの「ドライバビリティ」の問題で苦情を訴えていて本来のペースで走ることができませんでした。またこの日のハードタイヤは走りづらく、この問題をさらに深刻にしていました。

「エンジンのピックアップに関係するステアリングのスイッチを変更した」とフェルスタッペンは説明しました。この問題はバンピーなオースティンの路面がさらに悪化させましたが、「セッティングを変更したら改善した」。

ピレリのタイヤ交換タイミングリスト

二人のギャップはDRSの圏内に近づいており、ここでもメルセデスは大胆な作戦で34周終了時にアンダーカットを狙いハミルトンの2度目のタイヤ交換を決断します。それをカバーすべく、次の周にレッドブルは再びフェルスタッペンをピットインさせますが、ここでまたも大きくレースが動きました。

フェルスタッペンの左フロントタイヤのインパクトレンチの調子が悪く、タイヤの装着が遅れ、フェルスタッペンはタイヤ交換の間11.1秒止まって、コースへ戻ります。

「不幸にもインパクトレンチが故障したんだ」
フェルスタッペンはピット出口で、「汚い言葉をたくさん吐いた」と言い、「とても動揺している」と語りました。

しかも同じラップにタイヤ交換したルクレールにも前に行かれ、フェルスタッペンは3位になります。ルクレールは12位スタートということもあり、ワンストップ作戦も検討していましたが、18周目に最初のセーフティカーが登場したので、作戦を変更しツーストップにしていました。

ハミルトンのアンダーカットが成功したかどうかは今となっては不明ですが、これでハミルトンがトップに立ちました。

そしてレースは残り20周。昨年激しいタイトル争いを繰り広げたハミルトンとフェルスタッペンが優勝を争う舞台は整いました。ただ不運なフェルスタッペンにとっては、幸運なことにまだ周回数は残っていました。

フェルスタッペンは3周にわたってルクレールを追いかけ、39周目にようやくターン1のインを突きました。しかし、フェルスタッペンは奥まで飛び込みすぎて、立ち上がりでクロスラインを使われてフェラーリに抜き返され、再び前に出られました。

しかしルクレールのリードも時間も問題でした。フェルスタッペンは同じラップのバックストレートでDRSを使いルクレールを抜き返します。バックストレートでの最高速では、レッドブルはフェラーリやメルセデスよりも優位でした。

オープニングラップの波乱の中、サインツがスピンしリタイヤ

この時点でハミルトンはフェルスタッペンに対して4.6秒の差がありました。

メルセデス代表であるトト・ヴォルフはこのときについて「フェルスタッペンは十分なペースを引き出せていないように感じたし、僕は(勝利が)決まったと感じた」と語った。ハミルトンも同じように感じていた。「一瞬、もしかしたらこのままいけるかもしれないと思ったんだけど……」。

しかしこの時、フェルスタッペンは調子が悪くてペースがなかったわけではありませんでした。彼らの問題は、ルクレールをパスするためにミディアムタイヤを酷使しオーバーヒートさせたことでした。

「全くの新品だったからね。じっくりとタイヤ温度を上げる必要があったんだ」つまり、最初のスティントでうまくいっていたように、ミディアムタイヤを最初は穏やかに使用する必要があったにもかかわらず、ミスにより後退したフェルスタッペンは、急にストレスを与えてしまい、温度を必要以上に上げてしまいました。

「高速コーナーでマシンの後ろにいると、常にステアリングを少し多め切らないといけなくて、それはタイヤにとっていいことではないよね」

しかし、ルクレールを抜きクリアエアの中で走れるようになると、フェルスタッペンは少しタイヤを休ませることができ、しかもタイヤにも空気が当たり冷やせます。これが彼のペースが一時的に上がらなかった理由で、メルセデスとハミルトンが優勝の望みを感じた瞬間でした。

「だから、忍耐のゲームだったんだ。マックスはピットレーンを出てからすぐにフラストレーションをコントロールしシャルルをパスし、ルイスを追い詰めることができた」

そしてハミルトンがコントロールできないところで、メルセデスは追い込まれていきます。

レースウィークエンドの前、メルセデスはタイヤに厳しいオースチンでは、ハードタイヤがメインになると考えていました。そのため予選でミディアムを1セット使用してしまいレース前、新品のミディアムを1セットしか持っていなくて、それをスタートタイヤとして選択したので、ハミルトンには最後のスティントで再びハードを履く以外の選択肢はありませんでした。

ハードタイヤではハミルトンのほうが速かったが、最後のスティントではフェルスタッペンに太刀打ちできず

一方のレッドブルはメルセデスより予選で速いので、少ないセット数のソフトで切り抜けられたので、レース前に新品ハード2セット、新品ミディアム2セットを持っていて、最後のスティントでは、どちらでも選べる立場でした。

レッドブルは序盤のミディアムと第二スティントで苦戦したハードタイヤのフィードバックを踏まえ、この長い第3スティントでミディアムに装着していました。そして31周を走りきりました。

実際、この日のオースチンでは、比較的タイヤに厳しくありませんでした。それはワンストップで8位入賞したマグヌッセンが証明しています。代表のスタイナーは、これはギャンブルではなかったと述べています。

レッドブルのクリスチャン・ホーナーは「ハードよりもミディアムの方が競争力があったかもしれない」と語った。一方、メルセデスは「もうミディアムを持っていなかった」とウルフは言いました。

ただメルセデスのエンジニアは、ハードでも勝負はできたとレース後に述べています。彼らが負けたのはシンプルにメルセデスはレッドブルに対抗できるペースがなかったからだと告白しています。

「ルイスはまだ勝利の可能性を残していたし、その段階では可能だと感じていた」とウルフは付け加えた。「でも、マックスがシャルルを追い抜いて、ハミルトンが反撃できなくなると、(敗北が)起こるのを待つだけになってしまった」。

フェルスタッペンがハミルトンに追いつくのに、DRSの範囲内に入るまでに、タイヤをいたわっていたこともあり、10周が必要でした。そして50周目にフェルスタッペンはハミルトンにチャレンジします。

50周目のバックストレート終わりのターン12では、フェルスタッペンがかなり後方からイン側に飛び込み、ハミルトンも距離があったのでインには飛び込まないと思って、一度はターンインしかけますが、すぐにステアリングを修正し、二人が接触することはありませんでした。一時はフェルスタッペンが前に出ます。しかしハミルトンも立ち上がりでクロスラインを取りフェルスタッペンに並び掛けます。二人はサイドバイサイドでターン13に向かいますが、イン側のフェルスタッペンが前に出ました。

メルセデスはコーナーでタイムを稼ぐためにダウンフォースが多いセットアップにしていました。それとメルセデスはドラッグが大きいマシン特性があり、この日も最高速ではレッドブルには対抗できていませんでした。

普通ならそのままフェルスタッペンが簡単に引き離して優勝となるはずですが、この日のハミルトンとメルセデスは簡単には諦めません。

激しくフェルスタッペンを攻め続け、DRS圏内にとどまります。フェルスタッペンはトラックリミットの違反を指摘され、次にやるとペナルティの可能性があり、慎重に走らざるを得ません。しかしまたハミルトンも同じ指摘をされていました。

最終的にはマシンのペースが違うハミルトンがフェルスタッペンと同じタイムで走ることは難しく、53周目にミスをしたハミルトンはDRS圏外になり、そこで勝負あり。フェルスタッペンが5.0秒の差をつけて優勝しました。

12位スタートのルクレールはハミルトンから1.5秒遅れで表彰台を獲得しました。4位のペレスからはわずか0.8秒差でした。フェラーリはこのレースも「上位を狙うにはちょっとタイヤのデグラデーションがひどすぎた」と説明しました。

僅差で優勝を逃したハミルトンですが、三番目の速さのマシンに乗りながら、優勝へあと一歩まで今年最強のフェルスタッペンを追い込めるのは7度のワールドチャンピオンであるハミルトンしかいません。

はっきり言うと今年のメルセデスでフェルスタッペンに勝つのは不可能です。それくらいマシンの性能に差があります。それをフェルスタッペンの不運はありましたが、ここまでの勝負ができるのはハミルトンならではです。以前、私がハミルトンを褒めてばかりいると批判されたこともありましたが、実際すごいのですから褒めるしかありません。

マシンが速いだけでは7回もワールドチャンピオンになれるわけではありません。彼に勝負してチャンピオンになったのはニコ・ロズベルグしかいないことがそれを端的に表しています。このレースでは勝つことはできませんでしたが、それでも人々の心に強い印象を残してハミルトンはアメリカを離れます。

これでレッドブルはハイブリッド時代に初めてコンストラクターズタイトルを獲得しました。チームメンバーは、いつもの濃紺のパンツではなく、マテシッツがGPでいつも着ていた明るいブルージーンズを履き、表彰式とタイトル獲得で沈滞したムードを吹き飛ばし、喜びを爆発させました。

「残り5、6周でメルセデスをオーバーテイクしてコンストラクターズチャンピオンを獲得したこのレースを、ディートリッヒも上から見て楽しんでいたと思うよ」と、ホーナーは締めくくりました。「彼はこのレースをとても誇りに思っているはずだね」

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