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ペレスが得た自信とタイトル争いの可能性 アゼルバイジャンGP観戦記

ドライバーにとって、自分の超得意なサーキット(マイサーキット) があることは珍しいことではありません。モナコはグラハム・ヒルやアイルトン・セナにとってそうであったし、ミハエル・シューマッハはトリッキーなマニクール、キミ・ライコネンはスパを、ルイス・ハミルトン(過去にはナイジェル・マンセルも)はシルバーストーンでは神がかった走りを見せています。

タイヤ交換のタイミングを利用して、フェルスタッペンを逆転して快勝したペレス

そういう意味では、バクーがF1カレンダーに加わって以来、ここはセルジオ・ペレスのサーキットでした。2016年の初レースでペレスは予選2位、ペナルティで7番手からスタートし、劣勢だったフォース・インディアを駆って3位まで順位を上げました。

2021年のレース終盤の再スタートでルイス・ハミルトンの「ブレーキマジック」によるミスから利益を得て、レッドブルでの初勝利を飾ったのは有名な話です。昨年は2位でしたが、ピットストップが遅かったためにチームメイトのマックス・フェルスタッペンに逆転を許し、敗れてしまいました。

しかしペレスにとって、今シーズンのこれまでの実績は必ずしも有利なものではありませんでした。今シーズン、ペレスは優勝していますが、サウジアラビアで優勝するためにはフェルスタッペンがグリッドペナルティを課されることが必要でした。フェルスタッペンにペナルティがないこのレース、ペレスがアゼルバイジャンGPで素晴らしい記録を更新するには、実力でフェルスタッペンに勝つ必要がありました。

さらに、バクーのサーキットではこれまで誰も2勝していないという興味深い統計もありました。確かに6レースと開催したレース数は少ないですけど、つまりそれだけ波乱が多いレースということができます。

予選では、ルクレールが驚異的なラップタイムでポールポジションを獲得し、スタートでも首位をキープできました。しかしルクレールは、スプリントレースでも首位をキープしながらトップ争いから脱落してしまったこともあり、本番のレースでも長くトップを走る自信はありませんでした。

2023年にフェラーリがここまで抱えてきたレースペースの問題は、このレースでもルクレールの足を引っ張っていました。ルクレールはスタートでリードを守り、フェルスタッペンはDRS圏内を維持しました。ペレスもチームメイトに続いて3位を走っていました。

フェルスタッペンはDRSが使えるようになるまで待ち、ルクレールはトップをキープして3周目を迎えます。しかし、その差は0.4秒とわずかで、フェルスタッペンは即座にDRSが適用されることになりました。そして4周目のストレートであっさりとルクレールを抜きトップに立ちます。

そしてペレスは6周目のストレートでDRSを使いルクレールをかわし2位に浮上。チームメイトからわずか1.3秒差となります。

予選ではまたも最速を記録したがレースではレッドブルになすすべなく敗れるルクレール。しかし今回、表彰台は確保した

通常であれば、これでレッドブルの1-2が完成し、そのままレースフィニッシュとなるはずでした。ところがこのレースはそうはなりませんでした。

ペレスはレース後、「マックスがシャルルを抜いた後は、シャルルとの差を縮めることが重要だった」とレース後に説明した。「もしマックスに対してタイムを失うようなことがあれば、彼に追いつくのは難しくなるからね。幸運なことに、僕はシャルルの後ろで2ラップだけ過ごし、彼をかわした後は、毎ラップ差を縮めてマックスのDRS圏内に入った。そうしたらもう彼を追い抜くしかなかったけど、その後マックスはピットインしてしまった…」と説明しました。

ルクレールがレッドブル勢から離れると、ペレスはフェルスタッペンより速いペースで走れるようになりました。3周後にはフェルスタッペンに1秒差まで迫り、9周目には0.5秒速いラップを刻み、チームメイトのDRS圏内に入ります。ペレスがフェルスタッペンのミラーに大きく映ると、フェルスタッペンは無線で「タイヤが滑っている」と報告し、レッドブルはハードタイヤを履かせる準備をしました。

フェルスタッペンは最終コーナーを立ち上がった時、ターン5でニック・デ・フリースがイン側の壁にぶつかり、左前のステアリングアームが折れてターン6で止まりました。これでSCがVSCが出るかと思われましたが、すぐには発動されませんでした。それでもレッドブルはフェルスタッペンをピットインさせ、ペレスにレースをリードさせます。

フェルスタッペンがピットレーンから出る時、セーフティカーが宣言されました。つまりフェルスタッペンがタイヤ交換している間、ライバルはレーシングスピードで走り、彼は通常のロスタイムを消化することになりました。

ペレスに迫るも逆転ならず、2位に終わったフェルスタッペン

ペレスはSCに反応し、次のラップでタイヤ交換しますが、SC中のタイヤ交換だったのでフェルスタッペンより10秒も少ないロスタイムですみ、トップを維持します。しかもルクレールも同時にタイヤ交換したので、フェルスタッペンは3位に転落してしまいます。

フェルスタッペンは、「クルマが止まっているのが見えたので、もしかしたらロックしたのかもしれないと思った」と、レース後に振り返りました。「今になってレビューを見れば、そんなことはわからないけどね。つまり、明らかに片方の車輪が損傷しているのがわかるし、走ってピットに戻ることはできなさそうだ。もちろん、その後の僕のレースには大きく影響したよ」

14周目の再スタート後、ルクレールの2位は長くは続きませんでした。グリーンフラッグが振られた後、ルクレールはペレスに張り付きましたが、ペレスはイン側をカバーし、ルクレールがオープニングコーナーで最適なラインを取りスムーズな加速をするのを難しくさせました。

一方、フェルスタッペンはターン1を快調に駆け抜けると、次のターンではルクレールのテールに張り付きます。そしてフェルスタッペンはイン側のラインでターン3に進入し、2番手に浮上します。

フェラーリの脅威がなくなった後、ペレスはフェルスタッペンから順位を守る自信がありました。この後、二台のペースは同じではありませんでした。ペレスはチームメイトに対して1.5秒差を維持し、フェルスタッペンはDRS圏内に入るため、ほんの少しづつタイムを縮めますが、ペレスはそのたびに差を広げる余裕がありました。

フェルスタッペンはハードに攻めていましたが、ペレスは差が縮まるたびに対応することができたからです。そのためフェルスタッペンは、予想以上にタイヤを消耗してしまいます。特に第2セクターは、フェルスタッペンがペレスについていくのが難しく、タイトな複合コーナーから高速カーブ、市街地カーブへと続くカーブは、乱気流のなかでのドライビングが難しくなります。

レーススタート直後はリードを守ったルクレール。後方からレッドブルの二台が迫ってくる

これで二台はファステストラップを交互に記録しますが、それと引き換えにタイヤへのダメージを与えます。しかし、ペレスはクリーンエアで走れる分、フェルスタッペンより有利な立場にありました。21周目から28周目にかけてフェルスタッペンとの差は少しずつ広がっていきましたが、29周目にフェルスタッペンがミスをし、その差は2.3秒になります。

フェルスタッペンはこの問題を、ディファレンシャルとエンジンブレーキのバランスの悪さにあると考えて、レース後、マシンのハンドリングを自分の好みに近づけるためにステアリングホイールのスイッチを操作していたと説明しました。

中速コーナーの進入に自信が持てかったと言いながらも、ステアリングのスイッチを操作してセッティングを変更したことによりベストではありませんが、好みのハンドリングに近い妥協点までは持っていくことができました。しかし、この時点ではペレスの後方で待ち、レース後半にギャップを縮めるチャンスが訪れることを期待することにしました。

フェルスタッペンの最大の望みは、ペレスが何らかのミスをすることでした。実際、ペレスはターン15で壁へ接近し、右後輪をスライドさせながら壁に触れることもありました。ペレスが15コーナーの進入で右フロントに軽い衝撃を受けたのは、それが功を奏したと言えます。それはペレスから勝利を失わせる寸前までいきました。レース後、ペレスは「本当に激しく」ホイールをヒットし、タイヤのリムが壁に接触したことを認めました。

「実際に役に立ったよ!」 とレース後、ペレスは笑いました。「フロントエンドで苦労していた。でもその後、正直なところ妄想が始まって、タイヤを気にするようになり、エンジニアに何が起こったのかと聞かれ、全てが気になり始め、かなり心配だった。すべてのデータを見てもらい幸いなことに何も問題はなかった」

「集中力を失いかけた瞬間だった。このような場面で、集中力が途切れてしまうのは、ありえないことだけどね。レース中であれば集中力を失うようなことはあってはいけない」

しかし、フェルスタッペンにとって、それは決して成果につながるものではありませんでした。それに彼にしてもギリギリの走りをしており、壁にタッチすることもありました。

その後、ペレスは2.7秒、3秒、3.5秒と差を広げ、2ストップしていたバルテリ・ボッタスに追いつくと、再び3秒まで縮まりましたが、ペレスは46周を終えた時点で3.7秒のアドバンテージを築き、残り5周でペースを落とすのに十分なマージンがあると考えました。

この時点でフェルスタッペンの頭の中はファステストラップポイントで一杯で、実際に最終ラップにファステストラップを更新しますが、最後にタイヤ交換してファステストラップ狙っていたラッセルが記録を更新してレースは終わりました。

ペレスは「必要なときに必要なことをやった」と胸を張りました。「この(スプリント)フォーマットでは、ドライバーやエンジニア、メカニックに大きなストレスがかかると感じた。だから、この週末に私たちが成し遂げたことは素晴らしいことだった。昨日はいいレースができた。そして、マックスと僕とで、1周目からお互いにプッシュし合って、1周ごとに全力を尽くしたんだ」

ペレスは、今彼がF1で見せたこともないような高いレベルのパフォーマンスを発揮しています。2020年が終わろうとしているとき、彼はほとんどシートを失っていたことを考えると、彼はレッドブルでのチャンスを最大限に生かし始めています。バクーでのスプリントとグランプリでの勝利で、フェルスタッペンとの差はわずか6ポイントになりました。

アゼルバイジャンGP コース図

これでレッドブルの二台でチャンピオン争いが勃発するのでしょうか。それを判断するのはまだ時期が早いかもしれません。しかし、今のところ、レッドブルにはチーム内での争いがあります。ペレスがチャンピオンの資格を持つことを疑う人は多いでしょうが、彼自身はそのような不安を抱いていないようです。

「先は長いけど、僕は戦えると思っているよ。メルボルンの予選で起きたような問題がなければ、もっとポイント差は接近しているはずだ。だから、二度とあのような問題を起こさないようにすることが重要なんだ。結局のところ、勝てないときは必ず2位でフィニッシュすることがとても重要なんだ。今日はまだいい日だと言えるからね」

一方、フェルスタッペンにとっては精神的なダメージの大きなレースになりました。これまでフェルスタッペンが勝てなくて、ペレスが勝てるレースには明確な理由がありました。ペナルティで後方スタートになるとか、タイヤ交換のタイミングを間違えたとかです。実際、このレースでもフェルスタッペンはタイヤ交換の時期を間違えてトップをペレスに明け渡してはいます。しかしながらタイヤ交換する前のペースや、レース再開後のペースを見るとペレスの方に優位性が見られます。

なのでもしフェルスタッペンがタイヤ交換の時期を間違えなくても、ペレスが勝っていた可能性があります。このような実力でフェルスタッペンがペレスに負けるような状況は過去にはあまり見られませんでした。正直、フェルスタッペンはペレスが自分とタイトルを争うレベルにはないと考えていると思います。

個人競技であるF1でチャンピオンになるにはライバルに対して精神的に優位に立つことがとても重要です。そこの部分はシューマッハーはライバルを徹底的にやり込めていましたよね。

セルジオ・ペレスがアゼルバイジャンGPでスプリントとメインレースのダブル優勝を果たし、レッドブルのチームメイトであるマックス・フェルスタッペンと互角以上に渡り合えることを証明しました。しかし、それは市街地サーキットでのことです。ストリートサーキットを得意とするペレスは、この勢いを持続してフェルスタッペンに対してタイトル争いに挑むことができるのでしょうか?

ペレスはそれを証明するために、ストリートサーキット以外でも勝たなければなりません。マイアミGPの後のイモラGP、モナコの後のスペインGP。ここで彼がどのような走りを見せるのか。それが今シーズンのチャンピオン争いを大きく左右しそうです。