▽スパ・マイスター キミ・ライコネン
彼のことを、スパ・マイスターと呼ぶことに異論のある人はいないだろう。
2004年から3連勝し、昨年もラスト3周目まではトップを快走。
惜しくも急な降雨により勝利を逸したが、今年こうして再び勝者へと返り咲いた。
たばこ広告問題で開催されなかった2006年をはさみ、5レース中4勝はすごい成績である。
ご存じの通り、このスパ・フランコルシャン・サーキットはドライバーの真の能力を問われる屈指の難コースである。
そのスパで5戦4勝は、クラークやセナの4連勝に匹敵する偉業である。
キミ・ライコネンのドライバーとしての能力の高さをこれほどまでに、表している数字はないであろう。
相変わらず予選でのアタックがふるわなかったフェラーリのキミ・ライコネンだったが、彼が勝つ条件は、できるだけ早い段階で二位に上がることだった。
トヨタのツゥルーリが、練習走行の段階からロングランのペースが良かったので、このレースはこの二人の一騎打ちなると予想された。
ツゥルーリが逃げる前に、ライコネンは追いつかなければならない。
キミがハンガリーGPのように上位に上がってくるのに時間がかかるようだと、ツゥルーリが逃げて、トヨタの初優勝も十分に可能だった。
だがキミの速さは私の想像をはるかに超えていた。
確かにKERSが使えるのは大きなアドバンテージだった。
だが、1コーナーのアウト側から強引に抜いていく様は、圧巻。
1コーナーでツゥルーリが接触して後退した幸運もあり、SCあけに、フィジケラを抜いた後は、KERSを活かしながら、フィジケラを押さえ込み、勝利した。
だが、これでフェラーリ復活と完全には言い切れない。
ヨーロッパGPから、新たなディフューザーを投入するなどしていたフェラーリであったが、この勝利はキミの個人的な力の負う部分が多いと思うからだ。
▽才能の塊 キミ・ライコネン
F1には才能を持ったドライバーだけが集まっている。
だからこそ、彼らはこんなにも運転しにくいカミソリの様なマシンを、正確に走らせることができる。
ベルギーGPは、そういった才能があるドライバーだけが集まった、F1という世界の中でも、ひときわ輝く才能の塊「天才」キミ・ライコネンの力を見せつけられたレースだった。
F3も経験せずにF1に上がり、1年目から結果を残し、2年目でマクラーレンに移籍し、その翌年に勝つなどというキミ・ライコネンというドライバーを見ていると、「天才」という人間がこの世の中に存在するということ考えさせられる。
このレースは全体を通じて、フォース・インディアのフィジケラの方が速かった。
第二スティントでハードタイヤを履いたライコネンは、ペースが上がらない。
ラバーがのってきていたレース中盤では、ソフトタイヤでロングランしても問題はなく、フェラーリの選択は結果的に間違いだった。
だが最後に、ソフトタイヤを履いたライコネンは、ハードタイヤを履いたフィジケラを引き離せなかった。
つまりどんなコンディションでも、フィジケラはライコネンよりペースが良かった。
もしKERSがなければ、さすがのライコネンも優勝するのは、難しかっただろう。
1回目のストップが全く同じタイミングだったのにも、驚かされた。
ライコネンは、フィジケラよりも7kgも多くの燃料を積んでおり、これは2周は多く走れる量だ。
つまり、フィジケラは前をライコネンに抑えられていて、省エネモードで走っていたのに比べて、ライコネンはパワーベストで走らなければフィジケラを抑えられず、燃料消費量が大きかったことを想像させる。
では、そんなライコネンを最後まで苦しめた、このレースのヒーロー、ジャンカルロ・フィジケラについて見てみよう。
▽ヒーローなる時、それはスパ フィジケラ
このレースの最大の主役が、フィジケラであったことは間違いない。
もし彼がいなければ、ライコネンの独走優勝としか記憶されないレースとなったはずだ。
フォース・インディアは今シーズン、ここまで好調を持続してきた。
イギリスとヨーロッパGPで大きなアップデートを施してきた彼らだが、そのどれもが大きなタイムアップにつながっている。
初入賞まであと一歩というレースが続いていただけに、彼らが躍進すること自体はそう驚きではない。
だがさすがに、ポール・ポジションを取ったときは驚いた。
予選からフィジケラは好タイムを連発。
Q1トップ、Q2は4位、そしてQ3でもトップとなりフォース・インディア初のポールポジションを記録した。
Q3のポール・ポジションは軽い燃料でとはいえ、彼らがポール・ポジションを取れる実力をつけたことが驚きである。
普通、下位チームがQ3に進出すると保守的に多めの燃料を積んで、決勝重視の戦略をとりがちであるが、彼らは違った。
彼らは予選上位を目指し、軽い燃料で上位グリッドを目指してきた。
そのチャレンジング・スピリットが素晴らしい。
そして、フィジケラのチーム全員の思いをのせた渾身の予選アタック。
チーム初のポール・ポジションを獲得。
2位ツゥルーリとの差はわずかに、0.038秒。
ほんの少しのミスでもあれば、ポール・ポジションは実現しなかった。
素晴らしい走りだった。
そして、迎えた決勝レース。
ポール・ポジションを取りなれていないドライバーが、ポールからスタートするとミスをすることが多いのだが、やはりベテランのフィジケラは違った。
スタートを見事に決めたフィジケラはそのまま、レースをリードする。
彼が不運だったのは、レース序盤でSCが入ってしまったことだ。。
それが理由で、キミとの差を失っていまい、SCがアウトした後にキミにKERSを使って簡単に抜かれてしまった。
だが、これは仕方がない。
ラディオンの立ち上がりからKERSを使われては、フィジケラのできることはあまりない。
それでも、戦うフィジケラはレ・コンブの入口でライコネンに仕掛けるが、無理はせずに2位に後退する。
この辺りの攻めるときと慎重に行くときの、使い分けはさすがにベテランと思わされた。
ただ、SC明けの走りをもう少し工夫すれば、リードを守れた可能性もあった。
ブランシモン手前当たりからスピードの強弱を付け、シケイン手前でブレーキを踏み、そして猛然とダッシュし、キミを引き離してからシケインに突入すれば、もう少しギャップができたはずだ。
また、SC中のタイヤの温め方も、ライコネンに分があったようだ。
フィジケラはシケインの立ち上がりで、アンダーステアが出てスピードが乗らず、1コーナー立ち上がりでも、全くスピードがのらなかった。
SCあけの数周はライコネンの方が速かった。
セクター別のタイムを見ていると、レースを通じてフィジケラの方が速い。
だが、KERSを使うライコネンを抜くのは容易ではない。
しかも、この二台は全く同じピット戦術を用いていた。
一回目、二回目とも同じラップにピットへ戻る二台。
そして、両チームのピットクルーは、共に素晴らしい仕事をした。
特にフォース・インディアのピットクルーは、極限のプレッシャーがかかる状況の中で、フェラーリと遜色のないピット作業を見せてくれた。
ピットでのほんの少しのミスが、全てを台無しにしかねない状況だったので、なおさらその作業の手際の良さが際だっていた。
彼らの、この躍進にメルセデス・ベンツのエンジンが大きく貢献していることは間違いがない。
フィジケラは、第一セクター、第三セクターとエンジンパワーが要求される部分でKERSを使うライコネンとほぼ同じタイムを記録していた。
また、エンジンとギアボックスをメルセデス・ベンツから供給を受けているので、リアエンドの開発に力を注がなくても済む。
その分をエアロダイナミクスに注ぐことができ、それを有効に活用できているのが、今回の躍進の大きな原因の一つだろう。